椿の花が咲き誇る庭園で、真っ白な割烹着を来た少女2人が箒で落ち葉を掃き集めている。
 がさがささっさ。
 さっさかほい、さっさかほい。
 広大な庭も手際よく片づけて、あとにはこんもりとした落ち葉の山ができる。
「お芋焼きたいですねえ、りまさん」
 新人のお庭掃除番の言葉に、曲直瀬りまは小首をかしげた。
「それはちょっと難しいな」
「「「組頭っ!!」」」
 そんな!?という言葉とともに、あちらこちらからわらわらと同じような割烹着を着た少女たちが集まってくる。木の上から茂みの中から縁の下から……お庭番は1人見かけたら10人はいると思って間違いない。
 甲高い声の共鳴に少し頭を振りながら、りまは周囲を見回した。
「みんな、もっと自覚を持たないといけないよ。わたしらはお庭番だ。このお庭を守るのも大事な仕事であって……」
 そしてあらためて気がつく。少女たちの中に欠けた顔に。あちこちの藩国に、中には宰相の館へ派遣された者もいるはずだ。明日、また同じ顔に会えるとは限らないのが彼女らの仕事だ。
「……うん。私はこれよりM*より始まるゲームの目的を記述する
「わん」
 回りに集まってきた子犬の群れがぱたぱた尻尾を振る。
M*藩王の庭園で焼き芋を作って食べる:難易度50:判定単位100:制限時間30分:難易度決定の前提30分:抽出条件はお庭番にふさわしいもの
「そんなに難易度高くありませんよ。落ち葉は既に集めてあるし」
「……っていうか、既にお芋もここに! ジャーン☆」
 全員が一斉に割烹着の懐からサツマイモを取り出して見せた。
「行動宣言しまーす。落ち葉の下にお芋を突っ込こみまーす。突っ込みました!」
「行動宣言しまーす。落ち葉の火をつけまーす☆」
 箒のフードを外し、隠しスイッチを入れれば、先端が熱を持ってボウッと赤くなる。そのまま落ち葉の山に接触させれば、一気に火がつく。
 きゃっきゃっと焚き火を始める手下たちの姿に、りまは苦笑い。そしてそのまま背後を振り返らずに声をかけた。
「こやつら、まだまだ甘いとは思いませんか。天河殿?」
「気づいていましたか」
「当然」
 ふらりと物陰から姿を現した天河宵に、りまはうむと頷いた。
 機甲侍の天河は、今日は宙侍仕様だ。白と黒のモノトーンに彩られた甲冑は美しいし、宇宙戦闘ではさぞ映えるだろう。
「あ、天河さまだー」
「お芋ありますよー。焼けたらお一ついかがですか?」
 地上に降りた宙侍の周囲に、数人のお庭番が駆け寄った。
「どうです。ご講評を」
「うぃ」
 りまの言葉に宵は右の人差し指を軽くくちびるにあてながら言った。
「君らはお庭番失格にゃ。こういうときは、まず質問をして状況確認すべきよん。ぬう?」
「なにもかも明白かと思いますが」
「たとえば?」
「むいむい」
 妙な擬音を呟きながら、一旦は天を指さした女武者は、やおらその指先を焚き火に向けた。
「たとえば藩王さまの現在位置にゅ!」
 その言葉が終わらないうちに、それまで細く煙が上っていた枯れ葉の山が突如竜巻のごとくクルクルと舞いながら吹き上がった。そしてその中から……。
「藩王さまっ!」
「ふぁふぁしふぉふぉへふぉおひひよーとひてもふぁへよ!」
 何を言っているのかわからないけれど、その木の葉の渦の中に立っていたのは、藩王さくらつかさであった。
「のけものにしてもムダだといっておられる」
 曲直瀬りまが通訳した。
 なにぶんにも、藩王さまは口にイモをくわえておられる。懐にも山のようにほっこり焼き上がったサツマイモが詰め込まれている。
「藩王さまーっ、ずるーい!」
「あたしたちのお芋、返してくださいっ!」
「ふぁひゃへー!!」
「イヤだと言っておられる」
 高笑いしながら逃げ去ろうとしている藩王を、わらわらわらわらとお庭番見習いたちが追いかける。しかしとうてい捕まらない。ここかと思えばあちらに現れと、まさしく神出鬼没。
「思えば……」
「うぃ?」
「藩王さまも犬忍だったのだなあ……」
「うぃ」
 もともとは藩王の無断外出阻止がバトルメード、この国で言うところのお庭番導入のきっかけだった。しかしその藩王がバトルメードのアイドレスを装着してしまったら話はフリダシに戻るだけだ。
「血を吐きながら続ける、可笑しいマラソンなのにゃ」
 しかし誰もが失念していたことがある。
 藩王は燃えている焚き火の中から出現したのだ。火のついたままの枯れ葉を舞い散らしながら。
「きゃー!」
「うわーっ」
「はわわわわ」
 間もなくあちこちで悲鳴が上がり始めた。あちらの木陰、こちらの草葉の下でと煙が立ち上り始めたのだ。焼き芋どころではない。
「うぎゃーっ!!」
 ひときわ大きい悲鳴は藩王のものである。枯れ葉ごと焼き芋を詰め込んだ懐からはぶすぶすと煙があふれ始めている。
「忍法水隠れっ!」
 りまが素早く印を結ぶと、たちまち水流があたりかまわず吹き出した。別名、スプリンクラーを作動させるともいう。

 事態が落ち着くのに10分ほどかかったが、非常ベルの音に何事ぞとかけつけてきた道化見習いらにこっぴどく叱られてさらに15分。しかし、藩王が関わっていたこともあり、宵がこのままではみんな風邪をひくと指摘したこともあって、りまを除く全員が浴場へと追いやられた。
「監督不行届でありましょう」
「面目ない」
 三梶大介の叱責を甘んじて受けると、りまは濡れ鼠のまま庭掃除と火の後始末をひとりするのであった。

 任務失敗。M*藩王の庭園で焼き芋を作って食べるを達成できなかった。
 分岐シナリオ「露天風呂」の発生。

<第1話 おわり>



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