ことの起こりは・・・・・・海法さんにまで遡るんじゃないかと思う。 2005年の12月に大絢爛舞踏祭が始まり、それを海法さんがMixiで「期間限定のネットゲーム、しかもNG88の再来といえば、わかる人はわかるか。」などと書いたものだから、気になってチェックするようになったのです。

 ただ自分はそんな熱狂的なゲームに今さら巻き込まれる余裕があるでなし、嫁さんの背中をトンッと押して「こんなゲームがあるよ」と教えてあげただけ。そしたら最初は静かに、やがてずぶずぶとはまり始めるのを見ているさまは面白い。Aマホにはまり、10ン年ぶりかでテーブルトークRPGをやるようになり、JGCに参加し、サイン会に出かけ、名古屋から東京・大阪と飛び回るようになり、(もちろん長年セクト活動しているTMRの熱気へは冷めないまま)2006年12月。アプローの涙だなんだと騒いでいる頃ですね。

 最初は嫁さんの手伝いで資料整理したり、フォトショップの使い方を教えたりしていただけなんですが、ついつい数は力とバトルメードのイラストを投稿することに。それがそれなりの評価を受けたもので、そのまま捨て置くのももったいないと藩国の国民として参加。そのとき、バトルメードは3人セットのイラストを投稿していて、らん、りま、めろうの3人娘にしてたんですね。で、最終的にりまが残り、国民登録する際に曲直瀬さんちのりまだから、曲直瀬りまになったわけですが、結局、キャラ名でゲームを通すことになったわけで、あー、こんな名前にしなきゃ良かったとちょっと後悔してたりして。

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