★芝村舞

 膝を突いた形でハッチを開けた希望号四号機より、黒髪の少女が姿を現した。小笠原分校の涼しげな制服に身を包んでいる。決して大柄だとか頑強だとは言えない体格だけれど、その挑むような目の中には何者にも屈しない、強く誇り高い意志が秘められていた。
 とんっと砂浜に降り立った。少し砂が散り、ポニーテールがじゃじゃ馬のごとく跳ねる。
 少女の立つ海岸は、傾きつつある太陽の光を受けて、金色の大地のごとく輝いていた。
 油断無く周囲の様子を見渡すと、少し苛立たしげに希望号に向かって声をかけた。
「なにをぐずぐずしている!?」
 その声に応えて、少し間延びした声が返ってくる。その口調を言葉で表すと「ぽややん」となろう。
「ねえ、舞。まだ荷物があるんだけど」
「たわけ。そのようなものは事前に段取りしておくものだ!」
「すぐ済むから」
 そういいながらなにやら大荷物を抱えた少年が奥から姿を現した。
 この日差しでははっきり解らないけれど、黒というよりは青く見える髪をしている。その目は不敵な輝きに彩られているが、たいていの者がそれに気づかないのは温厚そうな表情や物言いと、その手にしたエプロンとお玉のせいだろう。
「舞、これ、受け取って」
 少年はそう言うと何か大きなかたまりを宙に放った。
 なにをいきなりと文句を言う暇もなく、次の瞬間には舞は雷電に押しつぶされていた。
「ふもっ!」
 少女が巨大なぬいぐるみの下敷きになっている間に、青髪の少年は大きな旅行鞄を肩に背負い、手にしていたエプロンとお玉を風呂敷に突っ込むと、よいしょっと希望号から飛び降りた。
 ほとんど音もなく着地。砂が飛び散るどころか、砂地にほとんど足跡もつかない。そして満面の笑み。
「ねえ、舞。ぬいぐるみとじゃれるのはいいけど、せっかくの新しい制服が砂まみれになっちゃうよ。柔軟剤とか使って良いのかまだ聞いてないし・・・」
「た、たわけもの! これがじゃれているように見えるか!?」
「うん」
 舞はぬいぐるみを地面につけないよう苦心惨憺して起き上がると、雷電を少年へと突きつけた。
「このようなモノを持ってくるとは、貴様、いったい何を考えている!」
 とても不本意そうな少年。
「だって、この島に本物の雷電がいつ来るか解らないじゃないか」
「我らは任務のために、この地に赴いたのだぞ」
「そう? 僕はしばらくここでのんびりしててくれと聞いたよ。そりゃ、戦いの2つや3つはすぐあるだろうけど、それくらい僕が簡単に片付けちゃうから・・・・・・・あ、そうだ。いつ本物の雷電が来るか解らないなら、連れて来ちゃえばいいんだ。そうだ。そうだよね。舞、雷電の研究、したくない?」
 無邪気そのものに粧われた瞳に見つめられ、芝村舞は口ごもった。
「そ、それはしたくないわけではない。雷電は研究する価値のあるものだ」
 その顔は夕陽を浴びて既に真っ赤だったけれど、きっと頬が赤く染まっているに違いないと少年は知っていた。何か愉しくてふふふと笑った。笑っているうちに、そうだ、そうしようとさっきの言葉を実現しようと決めた。その間、わずか0.3秒。
「じゃあ、行ってくる。すぐ戻るから荷物よろしくね」
 白い歯をきらめかせながらそう言い残し、少年はいつの間にか希望号の中へ消えていた。
「すぐ戻るからね」
「馬鹿者! 今からどこに行く気だ!?」
「すぐ戻るから」
 芝村舞のためなら、何も考えずに七つの世界もスキップしながら駆け抜けてしまうのが、この少年であった。
 そして少女はいつの間にか再び両手に大きな雷電のぬいぐるみ、足元には旅行鞄と風呂敷包みという状況で、1人夕闇迫る海岸に取り残されていたのであった。
「バカもの〜っ!!」

(曲直瀬りま@FVB記す)
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