「機関出力正常。70、85、90・・・・・・」
「防空指揮センターより入電。1400に蒼天号発進せよ」
「事務局員は貨物を固定次第、報告せよ」
 発進前の慌ただしい艦内を、栗田はまっすぐ艦橋へと向かっていた。彼が艦橋に入るのと、艦長が艦橋真上の艦長室から現れるのは同時だった。
 頭上からひんやりした空気が流れ落ちてくる。
 遙か頭上、イメージ的には10mくらい高さがありそうだが(艦にそんな余剰空間があるはずもない)、実際には3mそこそこの天井に口が開き、そこから艦長席がFVB職人の手になる木製歯車をカタカタガタガタ言わせながら、木製のガイドレールに沿ってゆっくり下りてくる。
「やあ、ライチくん」
 その言葉に海軍式の敬礼で応えながら、栗田雷一はちょっとムッとした顔になる。
 冒険艦の艦長席には美少女が座るものと誰が決めたわけでもないのだが、栗田としては、そこは美少女、せめて美女であるべきだと信じていた。よしんば百歩譲ったとしても、そこは熟練した海の男の居場所であるべきだ。
 ところが、わんわん帝國が大蝦天号に対抗すべく送り出した蒼天号の艦長席には、さっぱりとした黒髪の美少年が座っているのだ。しかも半ズボン! 毛ずねは処理していないがつるつるだ!(今のところは)
 この人選は藩王直々のものであるから、声に出して不満を言う者はいないが、人事が発表されたとき、男性陣の顔からは失望の色が見て取れたものだ。
 もっとも冒険艦蒼天号は、発掘してブラックボックスの解析もできないまま、勝手に艤装を施したという、まるでマクロス級母艦のような場当たり的な投入であったから、艤装責任者であるみかじだいすけ(美少年バージョン)が指揮を執るのは当然の判断といえないでもなかった。何かあったらその場で直せ、ダメだったら諸共吹き飛べというところだろうか?
 周囲には艦長席を中心に10席のコンソールが配置され、みかじを含めて11人のクルーが操舵、機関、索敵、通信、管制、生命維持とそれぞれの持ち場についている。他にも9人のクルーが乗り込んでいるが、彼らも戦闘指揮所と機関室に分散して乗り込んでおり、出港に備えて最終点検を進めているはずだ。
「では艦長、御武運を」
「ありがとう。だが、君もボクも今回は輸送任務だ。それが武勲を立てるようじゃ、帝國もおしまいだけどね」
 そう言って搭載貨物のデータを収めたディスクを栗田から受け取ると、にやりと笑いながらみかじは敬礼した。ほぼ同時に栗田も応える。
 栗田が出て行くと、みかじは左手のバネルに軽く流すように手を触れる。幾つもの光が走り、状態が良好であることを告げた。
「艦長、時間です」
「よし、発進」
「進路は?」
 聯合国である人狼領地から派遣された主操舵士の言葉に、みかじは大きく頷いた。
「あっちだ」
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