■エステル・ヴァラ・夜明けの艦氏族・夜明けの船・ヤガミの帰還
「私はしゃべるのが嫌いだ。もう戦いにはでない」
Ev96 宇宙での戦い でのエステルのつぶやき
宇宙での赤アラダ達との決戦が終わった。結果は快勝。
建国以来の悲願である宇宙への帰還、その障害が取り払われFVB国民達は沸きに沸いた。
国をあげて勝利を祝い、何より先ず今回の勝利の立役者でもあるエステルに感謝を捧げるべく国民総出で出迎えようとしたところ、
エステルがいなくなっていた。
FVBにとって今後の宇宙軍再編プランにもエステルの存在は必要不可欠だ。
寝耳に水の事態に慌てて国民総出で探し出すもどこにも見つからない。
「どうしよう…何で何も言わずに突然…」
「もしかしてウチに愛想をつかしちゃったとか…戦いたくないとか言ってたし」
藩国内でのエステルの様子を思い出してみる。
ああ、そういや殆どツンツンしてばっかだ。ヤガミがどうとか海賊がどうとかとも言ってた。考えれば思い当たる節が無くもない。あれか、そもそも宝くじで当てたのがいかんかったのかー、などと身も蓋もないことを考えては一同途方に暮れていた所に、
「すみません、大事な時に。
エステル・ヴァラ・夜明けの艦氏族・夜明けの船・ヤガミ、ただ今戻りました」
エステルは帰って来た。これまでに見せた事がない様な柔らかな笑顔と新しい命(?)を携えて。
「「ど、どんだけーーーー!!!」」
FVB藩国民全員がぶっ倒れた。発射準備中の宇宙船もちょっと傾いた。
/*/
「♪〜♪〜」
「…どういうこと?」
「さあ?ところで何で誰も直接聞かないの?」
「いやなんとなく」
「それっぽい奴を片っ端から拷問にかければいいんじゃないか」
戦争準備中にもかかわらず、エステルの様子を伺いに来た一同は物陰でひそひそ話をしている。
あの後、事態を理解できず混乱した藩国王と藩国民とエステル好きの藩国民とついでにエステルが揃って小一時間ほどぐるぐるしたあと、どうにか落ち着いて(エステル好きの藩国民を除く)、とりあえず身重そうなエステルを気遣って部屋に案内した所、可愛らしいエプロンをつけて鼻歌交じりに料理を始め出した、という状況である。
「何あの新妻っぷり」
「新妻っていうか幼な妻だよね」
「幼すぎてちょっと危険な気も…」
「法を犯している奴なら処刑しても問題無いな」
時折、大きくなったお腹に触れては微笑むエステル。
その表情には勇猛さのカケラも無く、むしろ幸福の絶頂にいる女の顔をしている。
「あれってやっぱり…」
「すると相手は…」
「だとすると色々…」
「憎しみで人が殺せたらいいのに…」
「さっきからやけに物騒な人がいます!」
以前のツンツンぶりの欠片もないエステルを尻目にあーでもないこーでもないと議論する面々。もはや宇宙どころではない。
このままでは士気がぐるぐるだ。いい加減何とかせんといかんと思った藩王さくらつかさは緊急議会を召集した。藩国の混乱と動揺を抑える為の迅速な措置だ。
どう見ても井戸端会議だとか国を挙げての奥様戦隊だとか口にした奴は軌道降下兵の耐久テスト員に回されることになった。
/*/
同日 FVB作戦本部室
「各部署、報告を」
「総務部、王城内に緘口令を敷きました。流言の拡散は無いかと」
「広報部、一般市民には実家に帰ってて食べ過ぎたと説明してあります」
「保安部、口の軽そうな奴を取り合えずふんじばっておきました」
「よし。せっかくの大ニュース、独り占めにしておかない手はないもんね」
「医務部、不調を訴える者、異常行動に走る者、鬱になる者が数名出ましたのでまとめて眠らせておきました」
「うん。まあなんというかお大事に」
「ああ、あと、宇宙ステーションから身投げした奴が一人いるそうです」
「・・・・・・それでどうなった?」
「対空機関砲に自動迎撃されてから後は消息不明です」
「よし、ほっとこう。次」
余談ではあるが、数日後発見された彼の容態等のデータがFVB宇宙軍の次期主力となる軌道降下兵の発案のきっかけとなったのは言うまでもない。
(FVB非公式軍事文書 瓢箪から駒の兵器開発歴史 眠明書房刊 より)
「外交部、検問を通常の3倍にしてあります」
「うむ。特にあの国に知られると色々大変そうだからね」
「ああ、あの国か」
「ですね」
と、突然藩王が立ち上がると懐の短刀を窓に投げつけた。
「くせものー!」
カーテンに突き刺さる短刀。割れる窓ガラス。遠ざかる足音。
「侵入者!?」
「で、であえー!であえー!」
「いやもう十分であってますよオウサマ」
「一回言ってみたかったんだ。しかしまさか…」
カランと乾いた金属音を立てて何かが転がり落ちる。
「ペロ…こ、これは鍋!」
全員の顔がさっと青ざめる。恐るべし、某国の某妖精達。
「が、外交部!使者を送れ!下手を打つと戦争になるぞ!」
「まあいいや。それはそれで面白そうだし。で、肝心のエステル本人は?」
「主婦部、料理を手伝いながら聞き出すきっかけを探しています」
「むーん。あんまりせっつくのもなあ。で、どう思う?実際の所」
「まあ、何だかんだでヤガミとよろしくやってるんでしょう」
「あれ?でもヤガミってたしか義体だよね?」
「そう言えば…え?じゃあ相手は?」
「でもヤガミって姓がついてて…うーん」
「情報部は何と?」
「えー、情報部エステル課によりますと」
「そんな部署あったのか…」
「えー、今の所旦那は小カトーが有力と」
「根拠は?」
「次のエステルの要点・周辺環境に逃げようとする小カトーがあるから」
「身も蓋もない答えだね…」
「でもなんで小カトー?確かエノラといい感じになってたような…それにヤガミは?」
「あ、追記があります。なお、小笠原ゲームでビクトリータキガワに時間犯罪の跡あり。
よってタキガワ一族とその周辺人物の状況が改変されている可能性が高い。
エステルはそこに巻き込まれたのでは。…とのことです」
「…うー、難しい」
「さらに追記。素人の考察なんで鵜呑みにしないでね(ハート)」
「…うん。まあ、細かい事は置いておこうか」
「ところでその旦那さんはなんで一緒じゃないんでしょうか?」
「そう言えば…どうせなら夫婦で来ればよかったのに…」
「よーし!もうもろもろ直接本人に聞いてみよう!」
/*/
というわけでエステルに再建中の宇宙軍を見せて廻りつつ色々探りを入れることになった。
頭上の脅威も去り、いよいよ宇宙進出に向けて俄然活発になる宇宙港。威勢のいい掛け声があちこちからあがっている。
「あの人たちは?」
「ウチの水夫達です。あ、一般的に言うと船乗りのことです。」
「・・・・・・相変わらず変わった格好ですね」
「もともとはホントの海出てた人たちだからね。でも船に乗るのは一緒だから」
「確かに皆さん錬度も高そうですね。何より士気が高いのがいい」
「これもエステル殿が先の戦いで我々を勝利に導いてくれたおかげですよ」
「いえ。私は任務をこなしただけです」
「それでエステル…旦那さんのことなんだけ…」
「しかし士気だけでは艦は動かない。士官のほうはどうなっているのですか?」
「(う…相変わらず船のことになると真面目だ)」
「え、えーっと、目下幹部学校を設立して教育にあたっています」
「そのことで相談なんだけど…エステルに是非教官になってほしいなー、なんて・・・・・・」
「了解しました。お引き受けします」
「えっ?いいの!?前は渋ってたのに」
「はい。またこの国にお世話になるのですから当然の義務です」
「(以前のエステルならここで「士官のいない戦艦など石のタヌキだ」とか小言の一つも言っていたのに・・・・・・ついにデレ期到来か!?)」
「ま、まあその身体だしね。危険な前線に出るよりはいいと思うよ!」
「配慮ありがとうございます」
「そうそう身体と言えばその旦那は・・・・・・」
「それで、肝心の艦はどこにあるのですか?」
「(ちくしょー…)」
「(こうなったらしばらくは聞ける雰囲気じゃないよ・・・・・・)」
相変わらずの艦にかける情熱に安心するやら落胆するやらしていると、いつの間にか周囲に整備員達が集まって整列していた。
「お見せしたい物があります」
/*/
そこは宇宙港の中でも最も奥の区画。
藩国内でもまだ知る者は少ないそのドッグ内に、一隻の船が鎮座していた。
「これは…」
「以前に発見されここFVBの次期宇宙軍の旗艦とするべく調整中の発掘兵器。
冒険艦”蒼天号”です」
「冒険艦…これだけの艦がこの国にあるとは…動力は?」
「リューンドライブが12機搭載されています。この世界では使用されていない技術ですがどうにか扱えています」
「そのおかげで大気中、宇宙空間だけでなく、どの世界でも航行可能です」
「武装は?」
「戦闘艦ではないため少ないですが、その分居住設備は充実しています」
「なるほど」
目を輝かせて蒼天号を見つめながら説明を聞くエステル。
「あ、あのエステル。詳しい話は後にして、それより旦…」
「調整中ですがシステムを立ち上げてみましょうか」
「是非お願いします!」
「駄目だ…もう船しか見えてない…」
「あきらめたほうがいいんじゃ…」
事前に用意してあったのか蒼天号に接続された外部コンソールを操作するとすぐにエンジンに火が入る。独特の駆動音とともに青く淡い光が浮かび上がり蒼天号の磨かれた滑らかなボディを包み込む。
「・・・・・・」
その姿は”天空の涙”とも号されるように兵器とは思えぬ繊細な美しさを誇っていた。
その場の誰もがこの船が優雅に澄み渡る大空を、果てない星の海を往く光景を思い浮かべながら言葉を発することも忘れてひたすら魅入られていた。目に涙を浮かべる者もいる。
エステルがコンソールに表示された文字を読み上げる。
「”私は、空の蒼より生まれしもの。天空を渡り、世界に希望を運ぶ鳥とならん”」
「・・・・・・出航式にはぜひ、エステル殿に舵をとってもらいたいものです」
「希望を運ぶ・・・・・・いい言葉です。そして…とても、いい艦です」
「その言葉が我々FVB藩国民一同にとって何よりの励みになります」
整備員たちはエステルの言葉を聞いて揃って破顔した。
エステルの帰還、それにより新しく動き出したFVB宇宙軍は一層の団結を得て、悲願に向けて邁進することになるだろう。
と、
「うがー!!もうらちがあかん!」
「ちょ、どうしたんですかオウサマ!せっかくいい感じに締めようとしてたのに!」
「それがどうした!もう我慢ならん!エステル、旦那は誰!?どうしてるの!?」
「そ、そんな直球な…」
途端に何か苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込むエステル。
「あ、あれ?エステル、もしかして聞いちゃいけない事だった?」
「オウサマ!どうすんですか!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるオウサマらを前にしばらく沈黙していたエステルは
やがてぼそりと呟いた。
「・・・・・・逃げました」
/*/
一瞬すわスピード離婚か!?と思ったがどうやらそういう事ではなく、その人物はエステルの側にじっとしていない性質らしい。
「多分この国にも様子を見に来てはいると思うのですが・・・・・・」
「なかなかつかまらないと。ふむ」
「とは言え何者か分からないのでは探しようもないのでは」
「そうですね。では・・・・・・あ」
「ん?どうしたの?って…まさか!?」
エステルの視線の方に一斉に振り返ってみると、そこには窓の外で物音を立てて今まさに何者かが脱兎のごとく逃げ出そうとしている姿があった。
「エステル!今の!」
「お、追って下さい!」
「よし来た!FVB全土に緊急通達、第一級警戒網を敷け!蟻の子一匹逃すな!」
「逃げようとしている怪しい奴を見かけたらとりあえず捕縛しろ!」
「エステルの前に引きずり出して生まれてきたことを後悔させてやる!」
「いや、あの…何もそこまでしなくても・・・・・・」
かくして一気に国を挙げての大捕物が始まった。
もともとしょっちゅう仕事をほっぽって逃げ出すオウサマ対策として常時から即座に探索、追跡網が組める体制が敷かれていたのだった。
(そのせいで何もしていないオウサマが網に捕らえられたりしたのはご愛嬌である)
更に宇宙開発センター、宇宙ステーションのレーダー設備までフル稼働する徹底ぶりである。
「ふはははは!我が国の総力を結集したこの捜査網。逃げられるものなら逃げてみよ!」
どうでもいいことにぐるぐるしだすオウサマ以下藩国民一同。大丈夫かこの国。
しかしその本気度にもかかわらずそれらしい人物は見つからない。
「これだけ探しても見つからないとは…一体どこに?」
「となると考えられるのは・・・・・・地下ぐらいですね」
「地下施設か…あそこは複雑に入り組んでいる上、まだ開発されていない天然洞窟
などまで含めた全ての把握は困難です」
「くそう…逃げられたか。もう打つ手は無いのか・・・・・・」
一同が絶望しかけていたその時、タイミング良く一人の兵士が駆け込んで来た。
「ほ、報告します!地下で怪しい奴を見つけたとの情報が!」
「何!とうとう網にかかったか!よし、すぐに連れて来い!」
期待やら不安やらでドキドキしながら連行されてくる人物を待ち構える一同。
そしてとうとう姿を現したその人物とは・・・・・・
「ヨォ、エステル。久しぶりペイロ」
「これタコだーーっ!」「イカだーーっ!」「えーっと、こ、これ何だーーっ!」
一同のつっこみが国中にこだました。
※結局エステルの旦那は姿を現さず、その正体は未だに謎のままである。
それでも当のエステルは案外幸せそうなのでそれはそれで良しとした。
(担当:尾崎勇貴)
■エステル・ヴァラ・夜明けの艦氏族・夜明けの船・ヤガミの帰還 2
FVBに滞在するエステル・エイン艦氏族・アストラーダ嬢がしばしの留守をして、「エステル・ヴァラ・夜明けの艦氏族・夜明けの船・ヤガミ」になって帰ってきた。
ヴァラとは既婚者を意味するネーバルウィッチの言葉。どうやらエステルはヤガミと結婚したらしい。
さくらつかさ「結婚したら、性格丸くなって一緒に遊んでくれるかも」
きみこ「夫を得て満ち足りて、精神的に安定してたりねー」
さくらつかさ「ねーw」
きみこ「きっと色々パワーアップして帰ってくるよね」
りま「小笠原で結婚祝賀会をしてはどうでしょう?」
きみこ「いいね! でもそれなら新郎も呼ばなきゃね!」
涙をこらえるエステルファンには気の毒だが、ともくも大方の者は、ワクワクしながら集まって、エステルの帰還を待っていた。
そしてドアが開き、エステルが現れた。
「お帰りなさいー!って、え!?」
「ええええええええーーー!!!!????」
エステルの、お腹が、大きい。
「嫁どころか妊婦ーーーー!?」
一同、阿鼻叫喚。蜂の巣をつついた様な騒ぎになった。
「性格じゃないとこが丸くなって帰ってきたー!」
「エステルは操艦のエキスパートだから操艦してもらおうと思ってたのに! 妊婦を戦艦になんて乗せられないよ!」
「ネーバルウィッチってクローンで増えるんじゃなかったの!? 子供作れるの!?」
「ていうか、ヤガミの子が!?」
「もしやできちゃった婚!?」
エステルファンは血涙を流し慟哭し、ヤガミ妖精は卒倒しかけた。それぞれに覚悟はしていたが、さすがにこれは想定外の衝撃だったようだ。
「みんな、静かに!」
藩王さくらつかさが一喝して場を収めた。彼女もかくれヤガミ妖精とのウワサだが、さすがの落ち着きである。笑顔を少々引きつらせる位ですんでいる。
「他にまず言うことがあるでしょう!
エステル、お帰りなさい。そして結婚と赤ちゃん、おめでとう。」
『だってさーーーー!』
という叫びを全員が心に浮かべつつ、皆口々にお祝いする。
エステルは幸せそうな笑顔を見せた。
「皆さん、ありがとう。ただいま帰りました。これからも子供共々、よろしくお願いしますね。」
エプロン姿は初々しい若妻のようだが、そのほほえみにはどこか既に母の強さというか、貫禄すら感じられる。
「母は強しって感じねー。そっち方向に強くなるとは…。」
「生まれる子、ヤガミ似の男の子かな! 八神少年みたいな♪」
「ビクトリー君といいお友だちになれるかもね」
「エステル似の女の子もいいねー。幼女エステル…ぐふふ…」
「こらそこ!ただれた妄想はやめなさい!」
「あー、戦艦搭乗はもちろん、小笠原も連れてけないんじゃない?妊婦に長旅はまずいんじゃ」
「いや、あのお腹の大きさならもう安定期には入ってるはずだから。…って、もしかしたら臨月近いかも?一体予定日はいつ?」
「ネーバルウィッチのお産ってどうすればいいの? サーラ先生に見せなきゃ!」
再び辺りがざわつきだした次の瞬間、エステルから聞き慣れたキツイ声が飛んだ。
「あなた! 逃げないように。ちゃんとそこで待機していてくださいね」
エステルの入ってきたドアの陰に、ビクゥ!と慌てる人影がチラッと見えた。黄色い服が見えたのは気のせいだろうか。
驚愕する一同。
「逃げるって!? エステル、ダンナとどういう関係!」
「あの逃げようとしてる亭主ってヤガミか! 女房孕ませといて逃げようとはどういう了見だ! そんなヘタレは認めん!」
「いやまあ何か事情があるかもしれないし。」
「ヤガミじゃないかもしれないし。とゆーかどんなヘタレならいいの?」
「えーとー…自己完結したヘタレ? …ごめんなさいよくわかりません」
騒ぎは収まる気配も見えなかったが、藩王がとりあえず、
「帰ったばかりなんだから休んでて。体を大事に」
とエステルを自室に促し退出させた。
見送る一同が多少なりとも落ち着きを取り戻すには、結構な時間がかかった。何しろ衝撃やら影響やらは、大きすぎるほど大きかった。が、それはそれとして。
とにかくエステルは幸せそうなのだ。それならば、問題はない。
彼女が幸せだということ。それが一番大切なことだった。
そして女性陣は新しい楽しみに目を輝かせた。
「後でぜーったい話を聞きに行こうね!」
「ねー! プロポーズの言葉とかさぁ、いっぱいね!」
エステルもおそらく、恥じらいながらも喜んで語ってくれるだろう。
彼女の戦勝報告を。
(天戸技族・地戸文族 きみこ)
■主婦部活躍
『エステル懐妊!』
この衝撃のニュースに、非常に盛り上がった者達がいる。
FVB主婦層である。特に、幼い子供を持つ母親達だ。
「ネーバルウィッチのエステルが、妊娠出産の事なんて知るわけ無いわよね!」
「ちゃんと教えて、お世話してあげなくっちゃ!」
ということである。
「それにしても、父親は誰?」
誰 もが抱く疑問だが、そういった話題で盛り上がるのは、正に主婦の井戸端会議の独壇場である。早速、幸せそうではあるがどうみても慣れていなさ
そうな手つきで料理しているエステルを手伝いつつ、事情を聞き出そうかとしたが、情報部エステル課から待機と速攻で厳命が下った。さすが情報部、真っ先に釘を
刺すべき人々を心得ている。
ところがそんな中、“さる確かな情報筋”から、「エステルの“亭主”はヤガミではないらしい」との情報が舞い込んだ。本来は極秘情報のはずだが、主婦の情報網を侮ってはいけない。
「ええええーー? ちょ、じゃあ誰なの!」
「どうも小カトーかもって話もあるようで」
「うそーーー! そんな話聞いたこと無いよ!」
「“ヤガミ”と名乗ってるのにヤガミ嫁じゃないかもしれないとは…。こうなると、“お腹が大きい”ってのも妊娠とは限らなかったりして・・・・・・」
「服の下からクッションが出てきたりとか?・・・・・・いや。彼女はそんなふうに人を欺く人物じゃあないだろう。それは無いよ」
「じゃあ、妊娠じゃないなら、あのお腹は単なる肥満・・・・・・」
「ストーップ! 無し!そーゆーのは無しの方向で!」
「だ、だよね! こんな推測、誰も幸せにならないもんね! うん、無し無し!(ドキドキドキ)」
まあそんなこんなで抑えきれない好奇心はありつつも、
「とにかく父親が誰でもエステルが出産するのは確か(多分)なんだから」
と、話題は案外すっきり「エステル出産」に関することに戻った。考えたってわからない事より、目の前の大イベントの方がそりゃ盛り上がるってものである。そして延々と井戸端会議が繰り広げられた。
「産婦人科、いいとこ知ってるわよ! 部屋が可愛くて食事が美味しいの!」
「ばかね、そんなのお城の御典医がかかりつけになるにきまってるじゃないの」
「マタニティヨーガを勧めようかしら。骨盤狭そうだしねえ。」
「呼吸法も練習しなくちゃねー」
「母子手帳の交付手続きはしたのかな?」
「しまった、こんな事なら今年はうちの田んぼは餅米植えとくんだった!」
「え、どうして餅米?」
「決まってるでしょ、お餅食べるとよく乳がでるのよ。昔から言われてるわよ」
「うふふ〜、父親が小カトーだとすると、きっと髪はピンクよね☆ かわいい〜。だったら黄色いベビードレスをプレゼントしようかしら! きっと似合うわ〜」
「いやベビードレスは純白がいいわよ。それよりお祝いなら90センチくらいのサイズのベビー服にした方がいいわ」
「なんで?すぐに着られないじゃない」
「赤ちゃんはね、生後一年で身長が50センチから80センチくらいまで大きくなって、2才で90センチくらいになるの。赤ちゃんによって成長速度は違うから、あまり小さいサイズだと季節が合わなくなることがあるのよ。それにあっという間に着れなくなるし。90になったら1年くらいはもつから、長く着てもらえる わ」
「なるほどね〜」
「どんな名前がいいかなー。女の子なら、サクラはどうかな。この国で一番美しい花の名前。」
「男の子なら、ソウはどう? 蒼天号の蒼。」
「えーそれはヤガミの・・・・・・ま、いっか」
「蒼天号に紙おむつと粉ミルクとおしりふきを搬入しておかなくっちゃ!」
「紙おむつなら、○リーズが通気性よくておむつかぶれしにくいわよ。夜は吸収量の多い○ーニー。大きくなって肌が丈夫になったら、安い○ミー○コがオススメ。」
「えーでも妊産婦と赤ちゃんを宇宙艦に乗せるなんて」
「一生を艦で送るネーバルウィッチだから、それもアリじゃないの?」
「私も今年出産だから、この子、エステルの子と同学年だわ! 保育園も一緒だわね!」
「PTAで長いつきあいになるね〜」
「ウチの子は同じ通学班になるわ」
「お受験のことだったら相談に乗るわよぉ! 」
彼女らの先走りはとどまるところを知らない。
しかしある一言で、はたとおしゃべりが止まった。
「でも・・・・・・エステル、子供が入園・入学する頃まで、この国にいてくれるのかしら」
皆が顔を見合わせた。そうだった。エステルは今はこのFVBにいてくれるけど、本来、大地の上で生活する人ではない。それに彼女は「夜明けの船氏族」なのだ。
「そうね・・・・・・彼女が帰るべき場所は、他にあるのよね」
「でも、でも、エステルも蒼天号気に入ってくれたみたいだし。『エステル・蒼天号氏族・蒼天号』になってくれないかしら! 『FVB氏族』でもいいけど!」
「私達も今は地上で暮らしているけど、FVBの本懐は宇宙への帰還。宇宙こそ我らが本来生きる場所。そこに、エステルにも一緒に行ってもらえるといいわね」
「まあそれも、すべてエステルの気持ち次第だから。彼女が帰るのは、彼女の一番大切な人がいるところでしょう。でも少しでも「ここにいたい」と思ってもらえるといいね。彼女の子と、彼女の心の故郷の一つになれるように。」
いつまで一緒にいられるかわからないなら、なおのこと今を楽しく、できるだけの子とをしよう。
女達は再び、熱心に井戸端会議を始めた。
(天戸技族・地戸文族 きみこ)
★イラスト:オカミチ,夜狗 樹,曲直瀬りま,きみこ