アイドレス世界は混沌としていた。
 FEGの国境付近で起きた爆発を始まりに、犬猫を問わず各藩国で同時多発爆発事件が発生、各藩国は根源種族との戦闘を余儀なくされた。

 そして、その波はここ、FVBにも押し寄せようとしていた。

   * * *

 都市は戦闘準備や国民避難で慌しかった。
 国民を誘導する兵士。
 大きな荷物を背に背負い子供の手を引き避難する母親。
 そんな中、政庁で作業する吏族が一人。
「私は、私にできることをするだけだ」
 そう言いながら、支倉玲は国力の確認をしていた。
 戦争になることは避けられない。情報では、すでに南西にある村は敵の手によって落ちたと聞く。ここも時期に戦場となるだろう。
 今度の敵はいままでにないくらい強大であった。全力で戦っても、勝てるかどうかわからないほど強力な敵だった。
 さくら王は今回の戦いに、国力のほぼ全てをつぎ込むことを決定した。
 さくら王らしい決断だと支倉は思う。やるからには全力で。それがFVBを治めるさくら王という人物であった。だが、全力でいくとは言っても、藩国を破産させては意味がない。我々は生きるために戦うのであって、死ぬために戦うのではないのだ。生き残ったあと藩国がなくては、なんのために戦ったのかわからない。
 支倉は今回の戦争でかかる出費を計算しながら、藩国を維持できるぎりぎりのラインを割りだしていった。

 戦争が終わった後も、FVBがFVBであり続けるために。

   * * *

 都市は戦闘準備や国民避難で慌しかった。
 国民を誘導する兵士。
 大きな荷物を背に背負い子供の手を引き避難する母親。
 そんな中、街中で親とはぐれ泣きじゃくる子供をなぐさめるお庭番が一人。
「ほらほら、いつまでも泣いてちゃ駄目だぞ」
 霧狗光はやさしく語りかけながら、あの手この手で子供の笑顔を取り戻そうと必死だった。変な顔したり、ちょっとした手品を披露したり、お庭番らしくアクロバティックな三回転半捻り宙返りを披露したり、子供の笑顔のためならなんでもやった。だが、子供はなかなか泣き止まない。
「あとで一緒に、ご両親を探してあげるから、ねっ」
「う、うぐ、うぐ……ほ、ほんとに?」
「ホントホント。いまは、これからちょっと悪い奴を退治してこなきゃいけないからすぐは無理だけど、必ず、きみのご両親、探しだしてあげるよ」
「や、やくそ、やくそくだよ」
 子供は鼻をすすりながら、涙目で小指を光に差しだす。
 光は子供の小指に自分の小指を絡ませると、ゆーびきーりげーんまーん、と明るい声で指切りをした。
「さぁ、あの兵士のお兄ちゃんの言うことを聞いて避難して」
「ぜ、ぜったいだよ、ぜったいだよ」
 こちらを何度も振り返りながら少しずつ離れていく子供に、笑顔で手を振りつづけながら光は思った。子供の笑顔を奪うようなことは絶対にあってはならないのだ、と。必ず、この戦争に勝利してあの子の親を探してあげよう、と。
 子供が完全に見えなくなってから光はその場をあとにした。

 子供たちの笑顔を護る。
 ただそれだけを決意して。

   * * *

 都市は戦闘準備や国民避難で慌しかった。
 国民を誘導する兵士。
 大きな荷物を背に背負い子供の手を引き避難する母親。
 そんな中、修練所で二振りの刀を巧みに振るって鍛錬する宙侍が一人。
「ついにきたか」
 品川門左衛門は呟いたあと、左右の手に握っている風神丸と雷神丸を型に沿って再び振るいだす。振るわれるたび、二振りの名刀は妖しい輝きを煌かせ残像を残した。
 覚悟はすでにできている。
 これまで数々の修羅場を共にしてきた二振りの名刀を振るいながら、門左衛門は名刀に心の中で語りかける。
 風神丸、雷神丸、今度の戦はこれまでとは比べものにならないだろう。だが、私がやるべきことはいつもと変わらぬ。ただ一太刀、善を成して悪を斬る。それだけだ。
 そのための力を、私に貸してくれ。
 振るっていた二振りの名刀が一瞬、強い輝きを放った。
 門左衛門はそれを確認すると、微笑んで二振りの名刀を鞘に収め修練所をあとにする。

 その身でもって、善を成すために。

   * * *

 FVBに各藩国の軍勢が集結しようとしていた。
 FVBを助ける、ただそれだけのために。

 いままさに、決戦が始まろうとしていた。

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