その日は、数日降り続いた雨が嘘かと思えるほど空は晴れ渡っていた。

「しごーと、しーごーと」
 道化見習いは、執務室にて山積になった書類にブツブツ言いながら判を押していた。

「今日中に終わるのか、これ?」
 押しても押しても一向に減る気配のない書類の束を横目に、今日も今日とて鬱寸前である。はぁ、とため息ひとつついて次の書類を手に取ったそのとき、

「大変です! 山頂部近くで土砂崩れが発生した模様です!」

 突然、執務室の扉を勢いよく開けて、飛び込んできた一人の兵士が息も切れ切れ報告を伝えた。

「なんだって! 被害の状況は?」
 道化は椅子から立ち上がり、いそいそと救助活動の支度を始める。

「カカシロイドたちが身を呈して田んぼを守ってくれたお陰で被害はありません。しかし、無理をしたせいでカカシロイドたちは機能を停止。回収に向かう必要があります」


「了解した。いますぐ、私自ら救出に向かいましょう」
「えっ? いえ、その、執政に来ていただかなくとも、我々兵士一同でなんとか――」

「なにを言ってるんですか! その身を犠牲にしてまで祖国を守ってくれたカカシロイドたちを救出に向かわないなんて……私に……私にそんなことできるわけがないッ!」


 握り締めた右の拳が震える。道化は兵士の顔を睨みつけるように見たあと、執務室を飛びだしていった。えらいやる気をだして飛びだした道化だが、実の所、嫌な判子押しの仕事から解放されたことが嬉しかったのかもしれない。

 なにはともあれ、こうして、道化見習いはカカシロイドたちの救出に向かうのであった。


     * * *


「さて、どうやって救ったものかな」
 山間部を眺めながら、道化は腕を組み考える。カカシロイドたちが機能を停止している場所は険しく入り組んだ地形になっていて、とてもトラックで乗り入れることができない。とりあえずトラックで入れるところまで入り込んで、あとは私自身がカカシロイドを救出に向かい、トラックまで運ぶ作業を繰り返すしかない。
 道化はとりあえず簡単な方針を固めると、カカシロイドたちがいる場所までの最短ルートを技:天眼を発動して探りだし、険しい山道へと歩きだした。


     * * *


 カカシロイド救出を開始して長い時間が立っていた。
 険しい道を注意深く進み、時には太刀を杖代わりにしたりしながら、一体一体確実にカカシロイドをトラックに運んでいく。だがこの作業、言ってしまえばただ単純にカカシロイドを運ぶだけという単純作業で、繰り返すうち、どうしようもなく飽きるというかなにか他に気分を紛らわせるものがないと作業を続けるのが非常に辛かった。

「こ、このままではとても耐えられん」
 カカシロイドを背に背負い、なにかいい方法はないかと模索する。

「ここはひとつ、景気づけに面白いことを言ってみよう」

 だが人間、そんな簡単に面白いことが思いつけるほどうまくはできていない。むしろそんな簡単に面白いことが思いつけるなら、いまごろ道化はアイドレス世界に新風を巻き起こしていたことだろう。面白いこと面白いことと考えるうち、思いつかずぐるぐると自滅への道を道化は自ら歩いていた。

 完全に泥沼である。
 考えれば考えるほど足取りは重くなり、背負ったカカシロイドがその身にずしりとのしかかる。

 そんなときだった。


『一緒に崖から飛ぼうよ♪ 君ならやれるさ( ̄▽ ̄)』


 道化の脳内で何者かが囁いた瞬間、視線の先に神々しいまでの光がッ!?

「見える!! 俺には栄光のゴールが、見えるんだァァァァァァッ!!」

 なにも迷うことなく道化は駆けだした。
 そこに面白さのすべてがあると信じて。
 その先が、崖であることにも気づかずに……


 ――その数日後、道化見習いはカカシロイドと一緒に深い山の中、体育座りをしてブツブツ言っているところを救出されるのであった。

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