無事にになし藩国から帰り着いてしばらくがたちました。


お隣の国ですので、復興援助に手を貸したり食料を持っていったりと、忙しく過ぎていった、ある日のこと。

 最近、お庭番の中で流れている噂があります。曰く、中庭にある井戸の傍で泣き声が聞こえた、曰く、一枚二枚とものを数える声が聞こえた、曰く、こつーん、こつーんと固いものを叩く音が聞こえた、曰く、井戸水からきのこが生えたナドナド、数え上げればきりがなく、勘違い・思い違い・妄想・想像・本物、と数え上げれば尚きりがなく、だからといって気味悪いからと井戸に近づかないかと思えば、面白がって数人で固まって見に行く始末。


 お庭番とよく遊んでいる相棒から噂を聞いた某白黒は即座に布団に包まって聞かなかったことにし、かつてない大型チェックのために、建国以来の財政や生産量等を寝る間も惜しんでチェックしている吏師たちに持ち込んだところ、『幽霊?そんなもん干物にして、喰ってしまいやがれっ!!!、です』と半分の半分に据わった目を向けられた為、生存本能に従って退却することになりました。


 エクウス・キュアネウスはてってってと短いあんよを動かして、困った困ったと考えました。刀で斬れないものは私にはどうにも出来ん、と押入れの中から(その上布団に包まって)悲鳴を上げた相棒は蟻の触覚ほども当てにならないので、自力で何とかしなくてはなりません。


 しばらく考えて、エクウス・キュアネウスはふるりと丸い耳を揺らしました。現場百回啓示は足から藩忍は現場に戻る。微妙に間違っているような、意外とあっているようなそれらをわふ、とつぶやいてエクウス・キュアネウスは物資の調達のために足をはやめます。





 数時間後、空はすっかりと深く青く暗く染まり、もうすぐ白くくりぬかれた光が空に上るでしょう。毛皮の表面をなでる夜風はほんの少し寒く、調理室から夕飯なのだろうスパイシーなスープの匂いがしています。


 短い尻尾をピルリと振って、エクウス(以下略あーちゃん)は井戸の傍に座っていました。


……井戸から取れた茸スープとは本気だろうか。今日の夕食はデンジャラス。


 ちなみにあーちゃんはちゃんと塩分不要のおにぎり(鮭と鰹節入り)を夜食として担いでいます。おっきくてほこほこした(下手をしたら自分の体積の半分くらい)おにぎりをスカーフに包んでもらい背中に背負っています。背中もあったまるし、お夜食にもなるしで一石二鳥。


それはさておき。






 夕飯時を少し過ぎたころ、(食堂方面から高笑いや悲鳴が聞こえたのはいつものことなので無視する、足袋盗賊改めである神妙に致せ!!ガシャコーン、という一連の騒ぎも聞かなかったことにしました。だってあーちゃんは靴下をはかない)ひゅるりと風に混じって、か細く何かが聞こえてきます。




…………い…まい……あ……い。




 ぴんと(気分的に)耳を立てると、しゅるりと吹く風にもてあそばれ、どこか狭いところをずいぶんと跳ね回り反響しているように聞こえるそれは、一枚、二枚、と何かを数えていました。


 てってって、と井戸に近づいて中を覗き…覗き…込むにはちょっとばっかり体長が足りないので、井戸の淵に飛び乗って中を見下ろします。さっきよりもくっきりと聞こえてきた声は、一枚〜二枚〜後十四枚〜、と。


……後十四枚?


 姿の見えないお菊(仮)は足りない皿を数えているわけではないらしく、むしろ後何枚、と割ってるのか?その割りには割れる音は聞こえないが、とあーちゃんは首をひねります。



 あーちゃんがどっかできいたような、と思いつつ身を乗り出すと、ぱきり、と軽快な音を立てて井戸の淵がかけました。設備不良です。ぐらりとずれた重心に、怖がりなお庭番が作ってくれた(怖くて夜の見回りが出来ないというのであーちゃんが調べることになったのです)心づくしの大きなおにぎりが重力に惹かれて小さなあーちゃんを引きずります。



うん?



つぶらな黒い眼が数度瞬き。
万有引力とお約束に従い、あーちゃんこと、エクウス・キュアネウスは井戸の中へとおちていくのでありました。




続く?

This page is ななふしぎ いどでなくこえ.