その頃、麗勇花の町という町、家という家では、2人以上の人が顔を合わせれば、まるでお天気のあいさつでもするように、藩王さまの近況についてうわさをしていました。
「最近、お見かけしないわよねえ」
「前はちょくちょく、裏の柿の木に登ってらしたのに」
「いや、もう冬だから」
「温泉にもいらしてないみたい」
そうして、立ち食い蕎麦屋にも顔を出してないとか、裏山にもいなかったとか言い合ったあげく、皆こういってため息をつくのでした。
「もう3日も・・・」
かように藩民に慕われている藩王は何処にあらんや?
空の彼方か海の果てか何処かへ、新世界の謎を解き明かさんと大冒険に乗り出している野であろうか!?
だが諸君! 井戸端会議に花を咲かせる市井の一般市民ならいざ知らず、我々は知っている。
敬愛すべき藩王が、新世界にあまねく覇をとなえる帝國に風雲を巻き起こすFVBの指導者さくらつかさ藩王が、いったいぜんたいどこへ行方をくらましているのかを。
藩王屋敷の奥深く、その地下のまた地下のさらに地の底深く、喚べど叫べど声も届かぬどころか、頭上で融合弾が炸裂してもびくとも揺るがぬ厚い岩盤で覆われた地下迷宮の果てに建てられた離宮こそ、現在の藩王の居所であった。
「これは座敷牢というのであろう?」
「いえ、離宮でございます」
「余は幽閉されておるのだな?」
「いえ、溜まっているお仕事を片付けていただくために、ほんの少しだけ静かな場所に移っていただいただけです」
「足の鎖はなんじゃ?」
「すてきなアクセサリーです」
「重いぞ」
「ダイエット効果もあります」
「・・・・・・なあ、道化見習いよ。ときどき、そちの忠誠を疑いたくなることがあるのだがな」
「とんでもない。私は忠誠を尽くしておりますぞ、帝國に、藩国に、そして藩王に」
「その順番にか?」
意地悪く問いかける藩王に、道化見習いはとんでもないというように頭を振った。
「いえ。それなら帝國は三番目でございます」
「イヤじゃ〜。自然薯掘りにも行けんのはイヤじゃ〜」
「キノコ狩りができます」
その言葉に、2人そろってちらりと部屋の隅に目をやると、うずたかく積み上げられた洗濯物の山の上で、小さなキノコの群が輪になって踊っているのが目に入る。
「妖精の輪なんかイヤじゃ〜!」
「・・・・・・とにかく大吏族出仕が終わるまではご辛抱を」
それだけ言うと、執政は漆塗りの盆に山盛りにした巻物を、赤くきらびやかに塗られた吉原格子のすき間から差し入れた。一見すると、格子際の客と花魁の会話にも見えるが、そんな艶っぽい空気はどこにもない。
「目を通した上で署名をお願いします。金の紐がついているものには花押を」
いやそーな顔をしながら、それでも盆を受け取る藩王。
「とにかく、もうしばらくのご辛抱を」
そう言い残して立ち去っていく道化見習いの姿が消えると、藩王さくらつかさはにやりと笑うと懐から小さなスプーンを取り出した。
帝國は根源種族の脅威にいかに立ち向かうのか?そして共和国との確執に決着はつくのか!
果たして、藩王が再び陽の目を見るのはいつの日であろうか!?
刮目して待て!
(りま記す)
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