「くーださーいな」
 札束を握りしめ、藩王さくらつかさは商店の暖簾をくぐった。
「へい」
 算盤を手にした経乃重蔵が帳場の向こうでちらりと顔を上げ、オウサマだと知ると慌てて立ち上がった。つっかけを履いて下りてきた。
「経乃さん、今日はここで店番なんだ」
「まあ、無役の大族ですからねえ。あちこち頑張らせてもらってます」
 もちろん、それで稼いだ金の大半が酒代に消えてしまうのは、みんな承知のことだが、誰もあえて何も言わない。彼が生き別れになったままの家族が心配で、身体を忙しく働かせているか、酒でも呑んでいないと気が休まらないのはみんな知っていたからだ。
「で、なんにしやしょー」
「あ、そうそう。ぱそこんが欲しいのよ。メッセやりながらフォトショも使いたいしさ」
「なるほど。ぱそこんでございますか!」
 そこで経乃はにっこり笑った。
「はいはいはい。ちょうどいいものがございますよ。裏マーケットで仕入れてきたばかり! ハイビジョンワイド液晶の37インチモニターにハードディスク400GB、搭載メモリーが1,024MBで、なんと451,500わんわん!!」
「ぱす」
「そんな、あっさり言わないでくださいよお〜」
「だってえ、今どきパソコンに20万わんわん以上払うって、なんか高いよお」
「では、ご予算はいかほどで?」
「15万わんわん」
 思わず、うーむと腕を組む経乃。しばし考えた末、ぽんっとわざとらしく手を打った。
「わかりました。この経乃重蔵。命に代えましても、オウサマのリクエストにお応えしましょう!」
 そう言いながら、帳場に手を伸ばして台帳を取り上げ、ぱらぱらとページをめくることしばし。
「おお、ありました、ありました。まだ売れておりませんぞ」
 なになにと覗き込もうとするオウサマの目の前でパタンと閉じると、大きくうんと頷いた。
「キャンセルされたぱそこんがございます。これでよろしければ、15万わんわんでお譲りしましょう。本来なら、30万わんわんはする品でございますが・・・・・・・」
「買った!買った!」
 ぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振る藩王。
 その藩王を促して、経乃は奥へと案内する。
「最近は調査捕鯨のおかげでパーツが揃うようになりました」
 裏から中庭に出る。石畳を踏みながら、蔵へと連れて行かれる。
「近くの山で良い石も採れますし・・・・・・・」
「で、即金で払ったらお持ち帰りできる? 帰ったらすぐ使いたいんだけどさ」
「さて?」
 そう言いながら、蔵の戸をよいしょっと引き開けた。
「いくら藩王さまといえど、これをお持ち帰りになるのは辛いかと思いますが」
 かしゃかしゃかしゃかしゃ
 きーきーきゅるるるるるるきーきーきゅるるるる
 うぃーこん うぃーっこん うぃーこん
 が が が が が が
 戸を開くなり、中の音が一斉に外に飛び出してきた。
 おそるおそる覗き込めば、蔵一杯に無数の歯車やら振り子やら天秤やらバネやらが詰め込まれ、かしゃかしゃぐるぐると動き続けている。
「なに?これ」
「ぱそこんです。ちゃんとうぃんどうずで動いてます。ノイマン型だから大丈夫ですよ」
「うそだーっ!」
「うそじゃありませんって。で、これがもにたー」
 そう言って、和紙を張った真四角の行灯みたいな箱を持ち上げてみせる。
「解像度はくっきり」
「くっきりってなんじゃ、そりゃー!・・・・・・・だいたいマウスがないじゃないの、マウスが!」
「蔵にネズミはつきものですが?」
「違う! キーボードとか入力はどうすんのよ!」
 その質問に、経乃は良く聞いてくれましたときばかりに満面の笑顔で懐からひとつかみの厚紙を取り出した。
「もちろん、このパンチカードで」

 結局、藩王は23万円で普通のノートパソコンを買って帰ったということである。
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