藩王さくらつかさ様が出陣されたそのときより、国一番の桜の古木をご神体とする神社の本殿は締め切られ、にこやかな顔でお守りや破魔矢を売っていた紅袴の巫女たちも姿を消した。

 見習い神主が一人寒空の下で竹箒を振り回している。




 大きく枝の張り出した桜の木は降る太陽を吸い込むようにしなやかに、その細い枝の先に硬く身を閉じた蕾を抱えている。寒風吹きすさぶ中枝の下を竹箒片手に掃除して回っているのは浅黄袴を身につけた青年だった。ひゅるりと吹く風に、ぷし、とくしゃみを一つ。

 青年は隣国のほうを見つめ、薄く上がる煙にしょんぼりと耳を伏せ、ゆらゆらと尻尾を振った。その丸まった背に気合を入れでもするように一際強い風が吹くと細い枝がその頭をぺしりと叩く。青年は叩かれた頭を撫でながら、蟻一匹這い出る隙間も無い本殿とは逆に誰もが祈りにこられるよう開け放たれた本殿前の広場へと視線を戻した。



 いつもなら子供達が追いかけっこや鬼ごっこ藩王様ごっこ缶蹴り石蹴り侍ごっこきゃわきゃわと遊んでいるそこも、今はしんと静まり返っている。戦場はすぐ隣、その一報が入ってすぐに非戦闘員たちは地下の施設へと退避している。丁度冬米の季節だからと国に残られた吏師様が発表していたが、誰もが気づいていた。何かがあった時に戦う術の無い者達を守るためだと。



 今地上に残っているのは戦う術を持ったものと、ほんの一握りの意地っ張り。それは機甲侍の刀と体を調節する鍛冶屋であったり、花の薬効を調べる為の研究員であったり、こんな時でも城を空にはできないと書類を整理し続けている吏師であり助手である吏師見習いであり、変わらぬ見回りをする機甲侍であり、藩王様と戦場に出た仲間のために落ち葉を集めているお庭番であったり、彼らのためにご飯を作ってくれる人であったり、戦場へ出た者達の無事を祈り続けている巫女たちでもある。


 本殿の中では桜の巫女がただ一心に祈り続けているのだろう。乾いた桜の花弁を火にくべて、ただ一心に皆が生きて帰ってくる事だけを。
 ご神木の細い枝の上で硬い蕾が身を縮めている。やがて蕾も綻ぶだろう。桜の下ではきっと祭だ。吹く風も一日一日春へと歩み始めている。藩王様たちが帰ってきたらきっともう一歩春へと近づく。



 どれほどの深い雪があっても、どれほどの深い夜があっても、必ず陽は昇り、春は近づいてくる。我等が愛する国が春と夏と秋と冬を繰り返すように。必ず。

 青年はうん、と力強く頷くと先ほどよりもずっとしっかりと背を伸ばして掃除を再開した。




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