その日、天河宵は奇妙な静けさで目を覚ました。起床時間を僅かに過ぎたというのに、頭も足も無事であることが奇妙だ。(寝過ごしたら即食い付かれるという日常もどんな物かと人はいうかもしれない)



「あー…静かだ」



 城の中はしんと静まり返っている。
 おいていかれた(そう思って自虐的だと宵は内心改める)…待機中の機甲侍たちの僅かなざわめきのなか格段と姿を減らしたお庭番たちの姿が庭に見える。


 庭を掃除しながら楽しそうに揺れているはずの尻尾が、今日はどこか大人しく、寂しそうにゆれていた。


 訓練場では誰もがどこかそわそわと不安げに刀を振り、こんな状態で集中できるはずもなく、足を運んだ朝食の場は酷くがらんとしていて、あまりに声が少なくて、食欲は沸くはずもなく。茶碗半分ほどの米を咀嚼して飲み込むと、天河宵はもう一度静かだ、と呟いた。



静かだ。


 日課の見回りに出るとき、無意識に鎧を箱に詰めていた。戦争中ではないので(いやあの宇宙とよんでネットと読む世界から逃げ出してきてからはずっと戦争中なのか?)、朱塗りの箱に鎧を一式詰めて背負い腰に刀を差した。名のない刀。戦場で振るわれるはずだった、もの。



「あーちゃん行………ぁ」


 無意識にかけた声が、誰もいない部屋にひびいて、宵はぐいと唇を引き絞ると軽く頭を振って外に出る。
 相棒も戦場へいった。人の姿になれるのを忘れるほど子犬の姿でいたのでアイドレスを纏ったのを見た瞬間に、本物かと3度ほど頬をつねって、噛み付くかわりに拳骨を落とされた。



 いまだにちょっと痛い頭を振って歩き出した足元が酷く寒かった。



 そもそも朝食が終ってのんびりし始める時間にはんおー様が逃げたああああ、という吏師の絶叫が聞こえないのが悪い。

 高笑いで楽しそうに(本当に楽しそうに笑うものだから毎回つい逃がしてしまうのだ)笑っている藩王様の声も、それを追いかける執政の声も、きれいな顔の吏師が呆れたようにしているのも、お酒を飲みながらそれをながめている男たちも、どさくさに紛れてお庭番に悪戯する女も、追いかけようとしながら逆方向に走り出す女も綺麗に整えられた庭にいない。


 藩王居住区が死んでしまったようにしんと静まり返って、それに引きずられてでもいるのか門前広場でいつも遊んでいる子供達の声が聞こえない。



静かだ。



 宵はほんのわずかに胸に滴るものを感じながら溜息をついた。
執政は藩王の代理として仕事をしているのだろう、ほかの機甲侍たちもそれぞれに落ち着かなく過ごしているのだろう。



はやく、帰って来ればいいのに。
…はやくかえってきてほしい。
こんなに静かな国は、寂しい。



道を踏みしめる作り物の足がぎしりと鈍い音をたてた。


This page is お留守番の日.