手には刀を
胸に光を
瞳に未来を
唇に歌を


そして踏み出した明日の向こう
楽園はきっとここにある。



 天河宵は上機嫌だった。
 お庭番のキュートな少女達に貰った焼いもはふところでほかほかと暖かく、空は遠く晴れ渡り、時折流れる白い雲がその青さを際立たせる。




 先日の焼いも噴水温泉激闘事件(何故焼いもを焼くだけであれほどの大騒ぎになるのか謎だ)の色も褪せぬ庭先では今日も焚き火が焚かれ、最後まで貧乏籤をひいたリマ嬢が可愛らしいくしゃみをしていた。声をかけると、大丈夫大丈夫というようにひらひらと片手をふり、ついでのように先日貰いそこねたやきいもをひとつ、放り投げてくれたのである。

 焚き火の周りでわふわふぱたぱたと働いている少女達もにこにこと楽しげに尻尾をふりまだかなまだかなと自分の分の芋を突っついたり枯葉をたしたりしている。


「…さつまいも以外が混じってるような」
「焼いても美味しいですよ、自然薯」
「…自然薯って、あの?」
「えぇ、あの」


 オオサマのおやつー、と歌いながら少女達が籠の中に焼けた芋を入れていく。ふこふこの薩摩芋とほこほこのジャガイモとこんがりと焼けた自然薯と丸々としたサトイモ。
 どうやら藩王さまが脱走しないようにおやつをちゃんととりわけるようにしたようだ。まぁ、多分先日のも仲間はずれー、というのは理由の一割で政務が終ったか飽きたかしての脱走劇だったのだとは思うが。


「…藩王様火傷はなかったんですか」
「えぇ、珍しくちゃんと着てらしたので」
「あー…」


 いつも脱走時に脱ぎ捨てられる着物を思い出し、さもありなんと宵は頷いた。女性用ってだけで着苦しいのにあの重さである。毎日アレを着ているからこそ、脱走時にアレだけ身軽になれるのだろう。
 男物の着物か袴ばかりを好んで着る宵にはよくわからない感覚ではあるのだけれど。




 懐のお芋をほこほこさせつつ廊下を歩いていると仕事中であろう吏師や腰元仕様のお庭番たちとすれ違う。ばたばたと忙しそうな様子に戦勝パレードの準備だろうなぁ、と呑気に思い、僅かに顔を顰めた。けれどすぐに首を振って額のしわを伸ばす。今思っても仕方のないことだ。
 懐のやきいもはじんわりとした温もりを肌にのませて、鳩尾から体中がぽかぽかとするような気分になった。作り物の腕も、暖かくなったように。



 生憎三途の川は見たことがあっても(前の世界から逃げ出すとき、腕を吹っ飛ばされて出血多量で花畑と川を見てしまった)、天国も楽園も見たことのない宵だが、きっとあの風景なのだと思った。


 他愛もないおしゃべりと、小さな笑い声と、凍りつきそうな地面をじんわりと温める焚き火の色と、枯葉の燃える匂いと、焼けたお芋を齧る少女達の笑顔笑顔笑顔。


 楽園はきっとここにある。


だからこそ


手には刀を

胸に光を

瞳に未来を

唇に歌を


天河宵は機嫌よく歌いながら、歩いていった。


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