天空は青白い満月が支配していた。
 この地を支配する藩王さくらつかさは、湯船にとっくりの乗った桶を浮かべながら、その月をぼんやりと眺めていた。さっきまで騒いでいた小忍者どもも、いつの間にか落ち着いて、隅っこで身体を洗い出したり、湯船に肩までつかったり、湯船にぷかぷか浮かんでいたりする。



「青い果実、かあ」
 おちょこで一杯、くいっとあける。
 そして、お庭番には凹凸のない・・・・・・・いや、スレンダーな体型の者が多いなあと考えた。和装はしっかり身体を締め上げるので、どうしてもスリムに見えるのだが、この小一時間で判ったことといえば、彼女らの大半は脱いでもスリムだったということだ。帯をほどいた途端にババンバーンッという者はいなかった。
「それはそれで寂しいわねえ・・・」
 確かにバトルメードの和風派生系であるお庭番は、胸が豊かで起伏に富んだ体型の者には向かないアイドレスのようだ。
 そこまで考えが及んだとき、がらがらがらーっと引き戸が開いて、曲直瀬りまがひょっこり入ってきた。
 あー、この子もお庭番体型だわ。
 だが、りまの後から続いて入ってきたモノに、周囲の喧噪がぴたりと止んだ。
 湯船に浮いていた者はそのまま音もなく沈降し、髪を洗っていた者もシャボン玉が宙で制止した。
 なんと形容したらいいだろうか・・・・・・・。
 ちまきか笹団子に手足が生えた?
 でも人だ。それも多分男だ。足に毛ずねが生えているし、足と足の間からだらんと垂れ下がっているのは、もしかして、もしかしたら、褌ではなかろうか。
「な、なに連れて来てんのよ!?」
 既に藩王はナニ呼ばわりである。
 周囲に喧噪が戻る。喧噪というか、何か異様なモノを見たようなざわめき。いや、実際に異様なモノを見ているんですが。
「いやあ、参ったなあ」
 そう言って、りまは頭をぽりぽりかきながら、あははと虚ろに笑った。
「よく考えてみれば、こいつをわざわざ連れてくる必然はなかったんですがね。なんとなくのせられたというか、成り行きというか・・・・・・・」
「宰相の陰謀ね!」
 ざざざざっと水音を立てながら、岩風呂の中にすっくと立った藩王は、指をぴたりとりまにつきつけた。
「シロ宰相の、ですか?」
「そうよ。なんとなく釈然としない、どこか間違っている、そんな気がするのに、否応なくそうするよう仕向けられ、我に返ったときにはドツボにはまっているの!」
「藩王さま、それは不敬ですよ」
「なにをいう! 我々が忠誠を誓うのは敬愛なるぽち王女と、かの御方が象徴する正義の御旗だけである! いざ征かん、星海の彼方へ! かむかむぽち・らぶりーぽち・はんぐるふんぐる・いあいあ・まいでぃあーっ!」
『いえいえ、あっしは通りすがりの三助でして。けっしてシロさまの陰謀とか何とかじゃあ・・・・・・・』
 簀巻きにされて、ちくわから手足が突き出たような謎の三助(匿名希望)がふがふがと説明しながら手を振った。
「なに、三助とな!?」
『へい』
「それは良いところへ来た。私の背中を流すがよい」
 たった今の今まで頭に血が上りきるまで呪文を唱えていたはずなのに、次の瞬間にはコロッと切り替えられるところが支配者の器というものだろう。
『え?』
「不服か」
『いえいえ、滅相もない。こっちとしてもツルッペタンよりボンボンババーンの方がやり甲斐があるってもんで』
 その瞬間、浴場の空気が氷点下にまで下がった。
 洗い髪から離れてふわふわ漂っていたシャボン玉が、床に落ちてパリンと割れた。
「なぜ、触ってもおらんのに、ツルペタだのボンボーンだとか判るのじゃ?」
『いえ、《心眼》で』
「うつけものーっ!」
 三助めがけ、四方八方から洗い桶が飛んでくる。
 スコーンスコーンスコココーン。
 だが三助(匿名希望)はその主要部分が衣服で包まれているために、ほとんど有効打とはならない。だが浴場のこと。ちょっとでもバランスが崩れれば、そのまま一気に雪崩を打つ。
『うひゃああああ』
 足を滑らせ、ひっくり返り、そのままザンブッと温泉の川へと転落した。
 ザッバーン。
 どんぶらこっこどんぶらこっこ。
 やがて海へと流れ出た三助(匿名希望)は波間に消え、変わって翌朝には西の海岸に軍神・三梶大介がずぶ濡れで上陸してくることとなるが、それはまた別の物語である。
「それでだ」
「はい」
「責任を取って、あんたが背中を流すんだよ。しっかりこすりな。汚れを残したら許さないし、この玉の肌に傷でもつけても、ただじゃあおかないからね」
「はーい」
 半べそになりながらも藩王の玉体を磨き上げる羽目になった曲直瀬りま。その仕事が終わった後は格下の少女たちの身体をも洗って回ることを命じられ、すっかり終わったのは夜もかなり更けてからのことであった。
「くしゅん」
 すっかり身体も冷えて、くしゃみがひとつ。
「・・・・・・・もう、あいつらの鎖骨も肩胛骨もしっかり眼に焼きついちゃったわよ」
 天空にはぽっかりとお月さま。
「お月さま、七難八苦はもう打ち止めでかまいませんから」


 任務失敗。M*露天風呂で身体の汚れを落とし、温まって疲れを癒すを達成できず、風邪をひきました。
 ペナルティとして任意の成功要素1つを停止してください(まだ続いていたのかよ)。

<第3話 おわり>



This page is 湯浴み〜地獄変.