わんわん帝國全土に戦時法が適用され、各藩国ともその準備に追われていた。
 そしてここ、FVBも同様に戦争準備に追われていた。

     *

 ここは機甲侍が訓練に明け暮れる施設の一角である。
「やっと、やっときました。戦争だ……戦争だッー!」
 待ちに待ち望んだ戦争到来を前に、道化見習いはテンションが上がっていた。目をぐるぐるさせて落ち着きなくあっちゃこっちゃ駆け回っては「戦える、戦えるぞッー!」と叫んでいる。

「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ道化さん」
 と、道化をなだめにかかるオカミチだが、実はオカミチも、内心では迫りくる戦に心が弾んでいて、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。

「まったく、戦なんて面倒なだけなのに」
 道化とオカミチの姿を少し離れたところから眺めていた栗田雷一はそう呟くと、静かに、だが、楽しそうに刀の手入れを始めた。雷一もまた、面倒と言いながらも、久々の戦いを楽しみにしていたのである。

「あれぇ、そういえばユキシロさんはー?」
 天河宵がきょろきょろと辺りを見回す。
「さぁ、また迷子かしら」
 と言いながら、天河に抱きつこうとする阿部火深。
「ちょ、やめてくださいよぉ」
「いいじゃない、女の子同士なんだし」
 嫌がる天河にぴたっとひっつく火深。
 この火深という人物、真面目で仕事もきっちりこなし礼儀正しく毎月弟に仕送りまでするよくできた女性だったが、なぜか、異常なまでに女好きで女性を見ればとりあえず抱きつく人間であった。また、童顔で背も低いので相手も抵抗しにくいのである。

「あら、天河さん、ちょっと成長したんじゃない」
「にゅ!? セ、セクハラですよぉ」
 もう、火深さんは仕方ないなぁ、といった感じでされるがままの天河。一方、火深はもうこれ以上にない至福な顔をしている。

「あれ? 今日は戦争に向けて特別訓練があるって聞いたんですけど……みんなで、天河さんと火深さんの百合展開を観賞する会になったんですか?」

 遅れてやってきたユキシロが、入ってくるなり目の当たりにした光景を見て尋ねる。

「ユキシロさん遅い&違うッ! それにそこのふたり、それ以上イチャツキ禁止ッ!」

 テンションの高い道化がユキシロに答えながら、天河と火深を指差して注意する。火深は「え〜」と名残惜しそうに天河から離れた。

「さぁさぁ、みんな揃いましたねー。集合集合」
 こっちにこいこい、と手招きをする道化に、絶対ろくなこといわねぇ、と他の5人は内心思いながら集まってくる。

「今日は戦争に向けて、私、とってもいい戦闘陣形を思いついたのでみんなに提案したかったんですよ」

 わっはっは、と笑いながら道化は勝手に話を進め始める。

「まず、私を――」
「やめてくださいッ!」
 オカミチが必死になって止めた。
「え? まだ、なにも――」
「言わなくていいです」
 ユキシロが道化の口封じにでた。
「却下の人、挙手」
 雷一が冷静に手を上げながら周りに尋ねる。
「うぃ」「はい」
 天河、火深を含めた全員が即座に手を上げた。
「ば、馬鹿なッ!? こ、これ以上の陣形などこの世には存在せんというのに……」

「いや、あるから」
 みんなの声が揃った瞬間だった。
「…………」
 道化の動きが3秒ほど止まる。そしてゆっくりと、みんなのいる所から離れると、


「いいんだいいんだ……ボク、面白くないから……」
 体育座りを始めてブツブツ言いだした。
「あー、拗ねちゃいましたねぇ」
 ユキシロが道化を眺めながら呟く。
「どうしますか?」
 オカミチが尋ねると、
「さぁ、わたしはほら、天河さんとこうして」
「にゅあ、またぁ」
 火深は、知ったこっちゃないといった風に天河に抱きつく。

「まったく、仕方のない人ですね」
 やれやれと頭を掻きながら道化に近づいていく雷一。
 道化の前に立つと、とりあえず道化の頭を……

 殴った。

 おもいっきり全力で。壊れたテレビを直すように。
 そして、ぶっ倒れた道化の襟首を掴むと雷一は引きずりながらみんなの前に戻ってきた。

「さぁ、では、今日もいつもどおり訓練を開始しましょう。戦争が近かろうか遠かろうが、我々の役目はいつ何時も変わりませんから」

 みんなを見回しながら、雷一は鞘から刀を抜いて天高く掲げる。

「えぇ、この国の民を、守れるものすべてを守るために」

 オカミチが抜いた刀の剣先を雷一の刀の剣先に重ね、
「命、続く限り全力で」
 ユキシロもオカミチに倣い剣先を揃えると、
「やれることをやりましょう、やれないことより、やれることやりましょう」

 天河もまたユキシロに続いて剣先を重ね、
「すべての悲しみを幸せに」
 火深は静かに刀を抜き放って剣先を揃え、
「最期まで諦めることなく」
 立ち上がった道化も刀を抜いて剣先を重ねた。

「我等は勝利の剣にして守護の盾、故に先陣を切ることこそ我らが誉、殿に立つことこそ我らが誇りッ!!」


 全員で宣言したあと、いつもどおり、機甲侍たちは訓練を開始した。


This page is 機械侍たちの戦闘準備.