<戦時動員がかかった日> 2007/01/09
「・・・・・・い。・・・・・・・・・きろ!」
「おい、夜狗!!」
まどろみを抜け夜狗は目を覚ました。
「・・・。・・・ん、ああ、いたのですか・・・。」
この人物の名は夜狗。性名は夜狗樹という。
そこそこの腕前をもっている・・・はずの技族なのだが、頑固で天気屋、おまけにマイペースと三拍子揃ってしまっているため、どこかとっつきにくく、彼をあまりしらない人間からしてみれば無能とも評されることの多い人物である。
・・・しかしまぁ、彼自身、自然の中でぼ〜と呆けていることが好きで、放っておけば日が暮れるまでそうしていることも多い・・・というかそれが彼の日常といってもいいくらいである。
・・・やっぱりダメ技族なのだろう。
そして、この日もそんな日常になるはずだった。・・・のだが。
「ああ、いたのですか・・・じゃないだろう!」
「・・・いつからそこに?」
「さっきからいた!! お前、今がどんな時かわかってるのか!」
「・・・どうしてこんなところまで?」
「・・・お前、人の話を聞いてないだろう!?」
「いえ。そんなことは。そんなに怒鳴らなくたって聞こえていますよ。」
「・・・もういい。そんなことよりだ、戦時動員が発令された。」
「ええ。知っています。」
(やっぱりわざとやっていたのか)
「? なにか。」
「なんでもない! それよりわかっているならさぁいくぞ! お前にもお呼びがかかっている。」
「・・・私が行っても役にはたたないでしょう?」
「そんなことはない!・・・まぁ大半の人間はそう思っているのかもしれないがな。」
「・・・貴方は?」
「そっ・・・そんなことはどうでもいい! とにかく上の人間からお前にもとお呼びがかかったんだ。とっとと行くぞ!」
「(笑)」
「ほら、何をしている!? 早く立て!」
「・・・そうしたいのは山々なんですが・・・」
「どうした?」
「今ちょうどいいところだったのですよ。今ならまだ先ほどの続きが・・・」
「さっさと立て!!!」
国中に聞こえるほどの怒号だった。
「あぁはい。わかりました。わかりましたからそんなに声を荒げなくても・・・」
そういって夜狗は腰を上げた。
「そうさせているのは誰だ。・・・まぁいい。では行くぞ。」
「ええ。ですが・・・」
「何だ?」
夜狗、埃をはたきながら一言。
「どこに行くのですか?」
・・・・・・・・・。
「・・・もういい! もうわかった!! もう知らん!!! 勝手にしろーーー!!!!」
最後の方は聞き取りにくいほどの速度で去っていった。
(・・・ふむ。少しやりすぎましたかね。)
夜狗は走り去った友に心の中で謝罪をしつつ、考えを巡らせる。
(・・・しかし、戦時動員ですか。もうしばらくこうやって過ごしてゆけると思っていたのですが・・・思ったより早かったですね。)
精神を集中させる。
ピンッ! ピンピンッ!
夜狗の毛が逆立ってゆく。犬忍者の技 【聴】 だった。
五感を活性化し、空気の流れを読み取ってゆく。
この人物、呆けていることは何より好きだが、呆けているのにも種類があった。
無論、普通に呆けているだけの時もあれば、考え事をしていることもある。
夢見心地にイメージを練っているときもあれば完全に寝入っていることも多々あった。
しかし、自然を感じ、陽の光を浴び、風の舞いを眺め、ときには雨に打たれつつ、生き物たちの声を聴く。
そんなところも大好きなのだった。
そうしていつものように世界を感じていた夜狗の顔がふと曇る。
(・・・やはりここ数日と比べても、特に悪いですね・・・)
もともと悪い感じはもっていたのだった。
しかしこの日はさらにひどかった。戦時動員がかかったせいだろうか。人々の焦りが大気に伝わっているようだった。
「さて、そろそろ私も行かないと。」
逆立っていた毛もいつの間にか元に戻り、夜狗は歩き始めた。
「・・・あの人の顔を潰してしまいかねないですからね。」
・・・もう遅い気がする。
そうして歩きだした夜狗の顔はいまだ曇ったままだった。
それは好きなことが絶たれることへの悲しみだろうか。それとも・・・。
地下軍事基地。
「お、やっと来やがった。お前が来ないせいでさっきから散々嫌味を・・・ってどうした?」
夜狗、不機嫌な顔のままである。
「いえ、なんでもありません。」
なんでもありそうな顔。
(あーあぁこうなるとめんどうなんだよなぁ・・・いいか、無視だ無視。)
こちらも対応は手馴れたものである。
「で、お前の仕事なんだが。」
「はい。」
「新型I=Dの設計をしてくれ。」
「わかりました。」
かわらず仏頂面。
(しかしなぁ、このまま仕事されても目覚めわりぃなぁ・・・よし!)
「あぁそうそう。」
「なんですか?」
「この仕事、藩王様直々のご指名だから。」
無論、嘘だった。
「・・・。」
「・・・どうした?」
夜狗の顔に笑みが広がる。
「いえ。それでしたらおまかせを。私にかかれば万事OKです。はっは。」
「ちょっ。待て!」
「では失礼。よーし、やりますか〜。」
内心しまったと思いながら舌打ち。
藩王に対する国民の人気は総じて高く、それは夜狗も例外ではなかったのだが・・・。
(ちょっとやる気を出させるつもりだったのにまさか・・・な。迂闊だった。)
夜狗の気分とお空の天気はなんとやら。あっけないものだった。
(あーなるのが1番厄介なんだ。あれでは使い物にならん・・・。)
空回る典型だった。
(しかし今からでは、何を言っても受け付けんだろうしなぁ・・・どうしたものか。)
(・・・まぁ終わってしまったものはしょうがない。奴が元に戻るのを待つか・・・)
夜狗は匙を投げられた。
夜。
空回った夜狗の仕事は早かった。
夕暮れ前に始めたはずが夜にはもう上がってきたのだった。
「出来ました。見ていただけませんか?」
「お、おう。・・・早かったな。」
「ええ、それはもう。で、ですね。この機体のポイントは多目的ジャンプユニットとランスの・・・・・・・・・。」
1年に1回見られるかどうかの饒舌さで解説を始める夜狗。
「・・・・・・・・・というわけで、この機体が機能すれば猫も問題じゃなくなりますね。」
(・・・しかし・・・これは・・・)
「・・・さて、仕事も終わりましたので私は先に失礼しますね。」
「あ、いや。おい!」
いい仕事は出来ましたし、今日は良い夢が見られそうです。はっは。
足早に去ってゆく夜狗。
後姿を見ながら呆然となる。
(・・・予想通りか。)
溜息。
夜狗の上げてきた設計図はそれはもうひどいものだった。
素人目に見てわかるほどバランスが悪く、組み上げることが出来たとしても歩くことすらままならないであろう。
(わかってはいたことだからな・・・)
さらに溜息。
「明日だな・・・明日。」
遠い目をして呟いた。
翌朝。
夜狗の寝覚めは彼にしては珍しいほどに良かった。
(あぁ昨日いい仕事をしましたからね。)
・・・まだ気づいていない。
(さて、一仕事は終えましたし、今日はどこへ行ってみましょうか。)
「・・・よぅ。起きたか。」
「おはようございます。」
「おはよう。まぁなんだ。とりあえずこれを見てくれないか。」
「・・・なんですか? 藪から棒に。」
夜狗。自分で描いた設計図を見る。
「・・・なんなんです、これは。すべてが無茶苦茶だ。これではそもそも組みあがらない。」
冷静な夜狗。
「・・・で誰が描いたんですか? こんなもの。」
「・・・本気で言ってるのか?」
「本気でってあんた・・・。」
設計図を凝視。
「・・・・・・このパーツには見覚えが・・・・・・。・・・こちらは・・・・・・。」
「・・・。私ですか?」
「当たりだ。」
「しかし・・・なんでこんな・・・。」
「覚えていないのか?」
夜狗、遠くを見つめる。
「・・・またやってしまったんですね。」
「そうだ。まぁ俺も悪かったんだがな。」
「いえ。そんなことは。・・・しかしこれは・・・。」
「気にするなとは言わん。だが聞いてくれ。今回の新型I=Dには国の、いや帝国全体の命運がかかっているんだ。」
「ええ。わかっています。」
「おまえの性格はわかっているつもりだ。だが・・・。」
「いえ。もうわかりましたから。私もあの方々が悲しむ姿はみたくありません。あの方々には元気でいてもらわなくては。」
「ああ。そのとおりだ。」
「・・・それにしても、貴方に説教をされるとは。痛恨の極みです。」
「そうだな。もう勘弁してくれ。」
「当然です。では私は仕事に入ります。」
「ああ。頼む。」
夜狗は藩王の、そして王女の姿を思い浮かべた。
(あの方々は元気でいていただかなくてはいけません。そのためにはまずできることをする。それだけですね。)
「じゃあ行きましょうか。」
<戦時動員がかかった日> 了
(記:夜狗 樹)