微妙にちっこい背中が黒塗りの箱を背負っている。
 薬売りの装束に似ているが、箱から突き出した旗には桜の花が踊って、流れるような筆遣いの文字。

【願い花】

 桜色に染め抜かれた旗がパタパタと風をはらみ、箱を背負った背中はううーん、と大きく腕を伸ばした。
 寒さに負けず根を張る緑を眺めながら道を行く人影が一つ。足元にはころころと転がりながら弾む犬士が一人。




 その日、いつものように藩国内の見回り(という名の散歩)に出ようとした機甲侍は、吏師に笑顔で箱を渡された。箱から突き出している旗には桜のマークと、王犬様の肉球スタンプ。

 風もないのに旗はパタパタとゆれる。

「…ぬ?」
「資金がありません」

なんですかこれは、という疑問は綺麗に流され、たいそう美麗な吏師はにこやかに言った。

「よって、稼いできてください」
「あー…薬売りですか?」
「薬は研究中です」
「…じゃあ、なんですか、これ」

 吏師は大層にこやかに笑っている。美人と美形と青に弱い機甲侍はそれだけであっさり流れそうになりつつ、もう一度たずねた。

「願い事です」
「ぬ?」

 説明書は中にあります、の声とともにペイ、と放り出された。続いて丸っこい犬士もころころと飛んできて、頭に着地する。口をあけかけていたところへの上からの衝撃に舌を食いちぎりそうになり、機甲侍は声無き声で悲鳴をあげた。


 それが数時間前のことである。


 鎧を脱いで、刀だけを下げた機甲侍はぽてぽてと道を歩いている。国境まで行くかなぁ、とのんびり脳内で地図を広げ、輝く白い雲を見て少しだけ笑う。

 今日もいい天気だ。

 箱の中には直系三センチほどの真ん丸いカプセルがざらざらと大量に、ふたに貼り付けるように短冊がこれまた大量に。そして説明書らしきチラシを眺め、覗き込んできた相棒を抱き上げて見せると機甲侍はやっぱりにっこりと笑った。
 箱の下を探って出てきたのは小さな紙袋に小分けにされたひまわりの種。他にもいろいろあるらしく、紙袋にはスタンプで花の絵が押してある。

 冗談のように口にした願い事で咲かせる花だ。誰かが本当に作ってくれたらしい。


 短冊もカプセルも土に埋めれば分解されて花の栄養になるように作られている。

 短冊に願い事を書いて、カプセルの中につめる。好きな花の種と一緒に埋めて、一生懸命に育てれば、願い事を食べて花が咲く。花が咲けばきっと願いもかなう、他愛もないおまじない。
 自分も後でどこかに埋めよう、と思いながら機甲侍はのんびりと歩く。


国境までいって露店を広げる。
売れてしまったら、お団子でも買って帰ろう。
時期外れだけど桜餅とかどうだろう。
甘いのがダメな人におせんべも。
お茶にしましょー、と持って帰れば誰かが食べるかもしれないし、と午後の予定をあれこれ考え、機甲侍はよし、と気合を入れた。


 雲は流れてどこか遠く、戦場の匂いはするけれど、今は空青く、雲白く。ならば守るべき平穏を楽しもう。



 空青き下を一人の機甲侍が行く。
背中には黒塗りの箱、そして桜色の旗。
足元には相棒のころころ犬士。


 空高く雲白し、ひゅうと吹いた風の寒さに、ひゃ、と首をすくめた。


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