朝からどんよりとした空模様だった。
案の定、午後から降り始めた冷たい雨は一向に止む気配が無く、日が落ちる頃には季節外れの雷雨となっていた。

――― 藩王居住区 某所 ―――

ザーザーどころかどばどばと降る雨。

普段はお気楽で賑やかな国民も、この日ばかりは風邪をひいてはたまらんと、早々に家路についていた。

「ありゃ〜、これじゃ今夜の月見は中止だな〜」

せっかくの稼ぎ時なんだがなぁ、とぼやきながら団子屋の主人は早々に店じまいを始めた。
一人の機甲侍が店を訪ねてきたのはそんなタイミングであった。



――― 藩王居住区 政庁 ―――


吏族である支倉玲・時雨・寂水の3人が仕事を終えて一息ついたのはすっかり日が落ちた頃だった。
「今日は月見だったはずだけど、外の天気はどうかね?」
「さっき休憩室に行った時にはまだ降ってましたよ」
支倉玲と時雨が雑談を交わしながら帰り支度を始める中、寂水は一人苦悶の声を挙げて机に突っ伏していた。
「ど、どうしたの?」
時雨が心配そうに声をかける。
「・・・忘れてた」
「は?」
「この書類の期限、今日までだった・・・」
どうやら他の書類の下に紛れ込んでいたらしい。
その言葉を最後まで聞かない内に 「じゃ、後はまかせた」「お疲れ様〜」
敏捷-1とは思えない速度で2人は逃げていった。

薄情者〜、でも俺でもそうするよなぁ、とぼやきながら寂水が最後の仕事片付けたのはその30分後であった。

外の雷雨は一向に止む気配もなく、藩国中が雨音に包まれていた。

「まいったなー、小型の傘しか持ってないし弱まるまで待ってみるか」
どうせ待つならちょっと寝よう、と、備え付けの毛布やらを引っ張り出して休憩室のソファーに寝転がる。
「雨じゃなきゃここからの月見は最高なんだけどなぁ」

雷の轟音が鳴り響く中、その口から寝息が漏れるようになるまでにさして時間はかからなかった。



――― ペロ防衛作戦 撤退時 ―――


轟音と振動
揺れる機体
次々と点灯する警告灯
パイロットのバイタルサイン低下
繰り返される撤退命令

撃破した敵機の破片が、グレイハウンドの後部パイロットシート付近を直撃したのは撤退完了間近の事であった。

「阿部さん、返事をして下さい!阿部さん!」
ゴーストドッグへ進路を取りながら寂水は叫び声をあげた。
「そんなに大きな声を出さなくてもちゃんと聞こえてますよ」
よかった無事だった〜、とほっとしたのも束の間、ステータスをチェックしていた寂水は息を呑む。
阿部のバイタルサインは既に危険域に達していた。
「あ、阿部さん?」
「はい何でしょう?」
掠れた声。
「大丈夫ですか?いやじゃなくてあのその」
「大丈夫、と言ったら嘘になりますね」
ゴホゴホと咳き込む音が聞こえる。
「できれば何か喋っててもらえると助かります。なんだか眠くて・・・」
あぁこれが噂に聞くヤバイ時のアレかじゃなくて何か話を何かこんな事だったら話術磨いとけばよかったなじゃなくて話話
「あ〜、子供の頃の話なんだけど、寝ぼけてて石階段を前転で転がり落ちた事があるんだ、って言ったら信じる?いやマジな話なんだけど」
無線の向こう側で笑った気配。
「いや本当なんだって、親とか大爆笑でさぁ、普通少しぐらい心配するものじゃない?なのにさぁ・・・」
よーし、とことんカミングアウトしてやろうじゃないか!

機体がゴーストドッグに収容される頃には既にネタの9割を話しつくしていた。

駆け寄る整備班と医療班。
ストレッチャーで運ばれていく阿部さん。
その左肩から先が、無い。



――― 藩王居住区 政庁 休憩室 ―――



一気に目が覚めた。
既に雨は弱まり始め、雷の音も遠くで響くだけになっていた。
「は〜〜〜〜、またあの夢かぁ」
ため息をつくと、寂水は大きく伸びをした。
「よし、気分転換にお茶でも入れるか」
急騰室でお湯を沸かし、急須にお湯を注ぐと辺りに香ばしい香りが広がる。
「やっぱ寒い時はほうじ茶だよな〜♪」
下手な鼻歌を歌いながらソファーに戻る。
そろそろ雨も止みそうだ。

「あれ、まだ残ってたんですか?」
休憩室に一人の機甲侍の声が響いた。
「いやちょっと寝坊しまして」
「あぁ、またですか」
「またってそんないつもは寝坊してませんよ」
笑いながらそう答える。
「それよりもどうしました?こんな時間に」
「いや〜それがね、今日は雨で月見もできないだろうし売れ残るのも勿体無いからってお団子安くしてもらったんですよ♪」
侍は満面の笑みを浮かべる。
「あぁ、それで買いすぎたから処分に困った、と」
「う゛、いやそういうわけでは・・・まぁまぁよかったら一緒にどうですか?」
と、一見生身と同じにしか見えない左手に持った団子パックを差し出してくる。
それを受け取りながら立ち上がり、
「それじゃあ阿部さんの分もお茶入れますんで、ちょっと待ってて下さいね」
いそいそと急騰室に湯飲みを取りに行く。
「あ、何か雨止んだみたいですよ。」
ソファーを占領しながら窓の外を見ていた阿部さんが嬉しそうに声を挙げる。
「このまま月が出たりして」
まっさかー、と笑いながらお茶を飲み団子を食べ談笑する。

その日は夜遅くまで話し込んだ。
話の内容は、まぁ秘密だ。
だから、翌日本当に寝坊したのは小さな事である。

追伸。
その日の夜は雨雲の隙間から綺麗な月が見れたとかなんとか。

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