寒気も這い上がる早朝、機甲侍達が目を覚まし始める。
朝日が昇り始める大地は奇妙なほど静かで、それなのにどこか鼓動に似たリズムが踊っているようでもある。
「おっはよーございまー」
「おはよ」
機甲侍たちがそれぞれの訓練を終らせ、夜番との交代を済ませた頃、吏師をはじめとするほかの者達がおきだしてくる。
犬忍者は普段森の中にある隠れ里に住んでいるが、逃げる藩王を捕まえるのに犬忍の力は不可欠であるので、数人ずつが交代で藩王の所へと詰めている。
おきぬけでもマフラーを脱いでいない犬忍を文族の愉快犯たちが不思議そうに眺めるのも、時々回りを巻き込んで、ドッキリ大作戦を行なったりするのもいつものことで、ざわざわとした人の声が地面から這い上がる寒さをほんの少しだけやわらげていくように、この国の朝がはじまる。
「今日もかな?」
「今日もでしょ…って、それ皿」
「ぐう。」
「皿食って寝るな!!」
朝食の席での愉快なスキンシップで皿を齧っていた犬忍が、ふ、と視線を上げた。(ちなみに皿は取り上げられた)いつもはマフラーの影に隠れている犬耳がピン、とたっている。
ふるりと震えた耳に遠く鐘を打つ音が聞こえる。
そして、誰かが走ってくる音、地面を棒のようなもので引っかきながら、ずざざざばたばたばた、逃げた逃げた逃げたああああ、と繰り返して飛び込んできたのは、最も生真面目な吏師だった。長い錫杖が地面を引っかいた上に転がっている。
「ほらな」
今日はいい天気だし、気候もいい。ついでに言うならいい風もふいている。
こんな日に藩王様が大人しく書類と戦うだろうか、いやあるはずがない(断言)
半分倒れかけている吏師に少し冷めた桜ほうじ茶(名産品)を出してやると、機甲侍は装備を取る為に踵を返した。
今日も元気に藩王様は逃げ出したらしい。
「さー、張った張った張った!昨日は二時間で、一昨日は大穴逃げないだったよー」
藩王居住区の前、少し開けた広場になった場所でべべん、と机を叩いたのは文族を名乗る機甲侍の天河宵。先日温泉堀に借り出されたため今日は捕獲隊には入っていない。
こういうときは右往左往しないんだなぁ、という生温い目をさらりとスルーし、同じくおやすみを貰ったユキシロを、手伝ってー、と引きずり出してデータリンクして、捕獲部隊の情報をリアルタイムで立て看板に次々と書き込んでいく。
「夜狗さーん、時雨さーん、taisaさーん、一口のりませんかー!」
知ってる顔を見れば、ぶんぶんと手を振って声をかけ、ときには実力行使で引きずって(一応機甲侍であるからして)薄紅のチケットを売りさばく。
手のひらに丁度乗るくらいの薄紅の紙は桜の木を煮出して作られている。
そこに一時間に付き桜の花弁が一枚押されており、逃げ切るだと桜の花の形、二時間だと二枚の花弁、逃げないだと薄紅の紙だけ、という風にチケットは繰り返し使えるように作られている。
木は早々伸びないからだ。紙は大切な資源である。
「さーさー、今日はいい天気だ、藩王様も山へ逃げたよー、どうやらなにやら掘り物のようだ、さー、今日こそ逃げ切るかもしれない、張った張ったー!」
べべん、べべん、と上機嫌で叩いているが、儲かった分は全部国の金庫への丸投げである。金がないからねぇ我が藩国は、と嘆くよりも稼ごうというかまぁ、小銭貯金だと思えば、と。
たいした金額ではないにせよ、週に何度かこんなトトカルチョを行なえばそれなりのお金はたまるわけで。
リンク先から微妙に聞こえる、イモー、の叫び声にうんうん、と頷きつつ天河宵は立て看板を眺めて、もう一度声を張り上げた。
どうやら今日は大穴中の大穴。
勝者、自然薯、となるようだ。

「さーさー、もうちょっとで締め切るよー、かけ忘れた人はいないかー、今日は逃げ切るが人気だよー、さーさー、張った張ったー!!」
よし、今日は儲かる! ぐ、と拳を振り上げて締め切りー、と叫ぼうとした天河の肩がぽん、と叩かれた。クルリと振り向くと摂政の道化見習いがにこやかにわらっていた。
「あれ、摂政様捕まえにいかないでいいんですか」
「自然薯が勝ちに一口」
「…」
にこー、と笑われたらにこー、と笑い返す。
どうやら藩王が自然薯を掘りに行ってることはばれているらしい。
笑ったままその他の札に芋、とかいて渡すと摂政はにこやかに笑ったまま歩いていった。
「…お昼はとろろご飯だね」
「…摂政様の一人勝ちか−」
座り込んでデータを探っていたユキシロを見ると、のんびりと言われ天河はほんの少し苦笑し、思い切りよく締め切りだー、とべべんべべんと台を叩いた。
お昼のとろろご飯も、てんぷらも、摩り下ろしたのを焼いたのも大変美味しかったのでまぁ、いっか、と幸せになる。
今日も藩国は平和です。
了
(イラスト:阿部火深・さくらつかさ)
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