それを最初に気がついたのは、メードのお露(腰元仕様)だった。お露は即座に緊急回線で地上へと報告した。茶屋で待機していた経乃重蔵と三梶大介が番頭詰所に呼び出されたのは、そのわずか2分後である。

 メード長の前に連れ出された2人はかろうじて受け答えしているが、顔は赤くなり、ろれつは回らなくなり、足下はおぼつかなくて両脇を足軽たちに支えられてやっとのことで立っている有様だ。要するに昼間ッから茶屋で呑んだくれていたのである。

「緊急の任務である。この荷物をただちに玉姫の間まで届けて欲しい」

「わっかりました」
「うぃ」
 メード長が小さめのミカン箱ほどの箱を指し示すと、しどろもどろながら男2人は敬礼を返した。

 そして、メード長が眼で合図すると足軽たちは2人の両脇をしっかとつかまえたまま、ずるずると下がっていく。

「な、なんだっ!?」
「なにしやがる!」
 顔を赤らめて暴れる2人にメード長はいかにも申し訳なさそうな口調でこう付け加えた。

「3分以内に届けないといけないのです」
 ここは地上の王様居住区。玉姫の間は地下の王様秘密基地の奥の奥。通常ならセキュリティをフリーパスでも20分かかる。藩王や摂政専用の緊急ルートを使っても5分。

「ルート87を使います」
 そう言って手元のボタンをぽちっと押すと、背後の壁ががらがらがらっと開き、そこに無骨な箱が姿を現した。大きさはそう・・・・・・大きめの風呂桶くらいだろうか。その下部には小さな鉄の車輪が付いているはずだ。

 どかどかと2人は無蓋貨車に放り込まれ、最後にどかんとミカン箱が投げ込まれた。ずんと重いが、鉄の塊が入っているような重さではない。

「幸運を祈ります」
 言葉が終わる間もなく、トロッコはゆっくりと動き出す。行く手は果てしなき深遠の闇。

「ま、待て!」
「シートベルト、ベルト、ベル・・・・・・あった! あ〜っ!!!!!!!!」

 転がりだしたトロッコは、次第に勢いを増すと、かろうじてシートベルト着用に間に合った2人と小荷物を載せると(主観的には)ほとんど真っ逆さまに落ちていった。

 子供たちが隠れん坊をする比較的浅いエリアの鍾乳洞、温泉が流れる娯楽エリア、地下水耕農場エリア、国民たちの第2の住居が並ぶ居住エリア、まだ採鉱が続いている坑道エリア、そうしたさまざまなエリアをぎゅるるるぎゅるるとコークスクリュー状態で降下していく。瞬間的にかいま見える周囲の風景が、まるで走馬燈のようだ。

『嫁さんと倅らにもう一目会いたかったなあ』
『どうせなら、へたでも絵を描き続けていれば』
 所要時間2分27秒が、彼らにとっては無限の時間であった。


「あ〜温まった、温まった☆」
 藩王さくらつかさが湯殿から出てきたのは、その87秒後であった。

「黄金風呂ってのも悪くはないわねえ。でも、あのヘンな椅子は・・・・・・まあ、いいわ。でも喜んだ顔をすると宰相連中が調子に乗るから、せいぜい不機嫌な顔をしてみせなきゃね」

 そう言いながら、側仕えの女たちに身体を拭かせ、服を身につけさせていて気がついた。靴下が新しい!

「穴が空いてないわねえ」
「そんなものを、私どもが藩王さまの身につけさせるわけがございません」

 伏し目のままメードがほほほと笑った。
 ちっ、確か靴下にはみんな穴が空いていたから、替えの靴下を買いに行くのを口実に抜け出すつもりだったのに……。

 心密かに藩王は呟いたが、新しい靴下を届けるために臣下2人が危うく三途の川を渡りかけたことまでは知るよしもなかったのである。

(りま記す)
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