藩王さくらつかさの一日は濃い番茶から始まる。
 メードのお菊(腰元仕様)の運んできた湯飲みを大儀そうに受け取ると、藩王は朝日の差し込む窓から外を眺めた。
 山々の峰はただ常緑を湛えていた。空気は冷たく澄み、柔らかく流れていた。
「うむ」
 ぽんと手を叩いて純白の羽布団をはね除けた。
 その布団の音に湯飲みを片付けていたお菊が振り向いたときには、既に藩王の姿はどこにも無かった。
 警報が鳴り響く。
 慌ただしく機甲侍が走り出し、犬忍者たちが四方八方へと散っていく。一方、吏師たちの多くは今日の午前中に決裁をいただくはずの書類をもって右往左往し、何人かは藩王の花押の練習を始め、1人か2人は亀の甲羅を火にくべたりし始める。





 さて、王様居住区を抜け出した藩王は裏山にいた。
 アラミド繊維をベースに金襴緞子で織り上げたもんぺ姿で、手には合金製の鋤が光っている。お供についているのは王犬○○ただ一頭。

「自然薯狩りなんてやめよーぜ。疲れるだけじゃないか」

「黙って、ジネンジョの葉とかツルをたどるの!」
 ぼやく王犬の尻をけっ飛ばす。
 ぶつくさ言いながら、○○は黄色く枯れた蔓を探し始める。既に大半は枯れてしまっているけれど、そんな中でも1本の蔓が見つかった。まだみずみずしく、ぴちぴちと跳ね回っている。

「......」
 無言で藩王を見上げる○○にひとこと。
「やるのじゃ」
 うんざりしたように、ガブとひと咬み。
 途端に山々に天地を引き裂くような咆吼が轟き渡った。



 音に気づいて真っ先に駆けつけたのは犬忍者だった。
 ある者は覆面をし、ある者は仮面を被った忍びの者たちは、窪を一直線に駆け下りてくる藩王と王犬の姿を見つけた。

「藩王さまっ!」
「バカモノっ、どけ!」
 藩王たちの背後から山崩れのごとく迫ってくるのは、高さが人の倍ほどもある巨大な長虫、いや、長芋であった。その長さがいかほどかは想像もつかない。その浅黒い表皮には幾つもの痕が穿たれ、そこから染み出した体液が表皮をぬめぬめと照り輝やかせている。

 しかし、犬忍者たちにそこまで観察する余裕はなかった。

 駆け抜ける藩王。すり抜ける犬。そして何十匹もの巨大な蛆虫が一斉に這い出してきたかのような触手の塊が通過する。

 とっさに飛び退くが、反応が遅れた1人が通りすがりの根に絡め取られ引きずられていく。ドップラー効果とともに悲鳴が流れていく。

 その行く手を遮ったのは機甲侍であった。
「抜刀!」
 一斉に引き抜かれた刃が陽を反射する。
 データリンクを駆使した<天眼>で状況を把握したサイボーグ剣士たちは、谷道の出口で待ちかまえていたのだ。四方八方からの連係攻撃が始まる。

 巨大な自然薯は毛根を蠢かし、むかごを飛ばして応戦するが、切り刻まれるのに3分を要しなかった。

「さすがは護国神ども。あっぱれ!」
 鋤を手にして呵呵と藩王は笑った。
「さあ、湯屋じゃ。そして昼は自然薯じゃ」
 Floresvalerosasbonita〜麗しき勇気ある花たちの国、今日も普段と変わりのない王城の1日が始まった。


(りま記す)
This page is 『藩王vsジネンジョ』.